毒霧をほどく銀の櫛

城塞都市の南門は、内側から封鎖されていた。

谷底から湧いた紫の毒霧が、避難民の列を追ってくる。門兵は鎖を巻き、「霧ごと入れれば全員死ぬ」と叫んだ。外には百人。中には一万人。誰も門兵を責められなかった。

薬師見習いのミレナだけが、腰の端末を開いた。

《初任務報酬:確定SSRガチャ》

回せるのは一度きり。

解毒薬では足りない。百人分を一瓶で賄えても、霧は明日も来る。必要なのは、毒そのものを消す道具だった。

彼女は迷わず回した。

出てきたのは、装飾も宝石もない銀色の櫛だった。名称は《風梳きの櫛》。説明文は一行。

――絡まった大気を、害のない順に梳き分ける。

「門を半分だけ開けてください」

「正気か!」

「霧は入れません。人だけ通します」

ミレナは門の隙間に立った。紫の霧が迫る。彼女は髪ではなく、目の前の空気へ櫛を通した。

ざあっ、と見えない布を裂く音がした。

毒霧は左右へ分かれた。中心に、透明な道が一本できる。風向きに逆らい、道は避難民の足元から門内までまっすぐ続いた。

「走らないで! 子どもと負傷者を先に!」

叫ぶと、列は崩れなかった。屈強な傭兵が老人を背負い、商人が見知らぬ幼子の手を引く。最後尾の羊飼いまで門を越えたところで、ミレナは櫛を横へ払った。

避難民を追ってきた野犬まで透明な道を駆け抜けた。ミレナは人数札を確かめ、門外に生き物が残っていないと知ってから櫛を返す。分かれていた霧が薄い糸となり、銀の歯へ吸い込まれる。紫は灰色へ、灰色は無色へ変わった。石壁に伏せていた苔まで、元の緑を取り戻す。谷を満たしていた毒気は消え、夜露の匂いだけが残った。

門兵隊長が膝をつく。

「王宮薬師にもできなかったことを……」

「薬師ではありません。まだ見習いです」

ミレナはそう言って、避難民の少女へ櫛を返してもらおうとした。だが銀の櫛は、役目を終えたように光へほどけていた。

代わりに端末が鳴る。

《SSR〈風梳きの櫛〉の使用完了。浄化範囲記録、歴代最高値を更新しました》