水曜日だけ届く返信

水曜日は通信だけが消える。人も電車も働いているが、その日に送った言葉は翌朝まで相手に届かない。木曜になると、未読のまま一通だけ現れ、それ以外は消える。だから大事な話は水曜にしない。それが皆の常識だった。

梯航平は、芹名から別れ話をされたのが火曜の夜だった。

「返事は急がなくていい。でも、木曜までには部屋を出て」

彼女は合鍵をテーブルに置き、寝室へ入った。航平はソファで朝を迎えた。水曜になれば、どんな言葉も一日だけ宙に隠せる。謝罪も言い訳も、送信した瞬間には届かない。彼はそれを猶予だと思った。

通勤電車で長い文章を書いた。仕事を優先したこと。約束を三度忘れたこと。結婚の話になるたび、冗談に逃げたこと。送信すると画面から文章が消え、「水曜預かり」とだけ表示された。

昼に短い追伸を送った。夜には写真も送った。二人で初めて見た映画の半券。けれど木曜に届くのは一通だけだ。最後に送ったものではなく、受取人が最も必要とする一通が選ばれる。選ぶのは送信者ではない。

残業を断って帰ると、部屋は暗かった。芹名の靴も化粧水も消えている。テーブルには合鍵が二本並び、その横に古い映画館の封筒があった。

航平はもう一通だけ送ろうとした。「行かないで」と打ち、消した。「幸せになって」も嘘に見えた。結局、「冷蔵庫のプリン、食べていいよ」と送った。生活の最後に残る言葉としては、ひどく小さかった。

木曜の朝、彼の端末に芹名から一通届いた。彼女も水曜に何かを送っていたらしい。

表示されたのは文章ではなく、位置情報だった。駅前の古い映画館。午前九時、取り壊し前の最終上映。

航平は会社へ欠勤の連絡を入れ、走った。劇場の前に芹名はいなかった。入口の係員は、上映は昨日で終わったと言った。

「水曜ですから、来た人は記録に残りませんけどね」

ロビーの椅子に、封筒と同じ映画の半券が二枚置かれていた。一枚は航平が持っているものと日付まで同じだった。もう一枚には、昨日の日付が印刷され、中央で切られていた。

切られていない側だけが、まだ芹名の香水の匂いを残していた。