氷を捨てた二十分

王宮厨房で砂糖鍋が倒れ、菓子職人の右手へ煮えた蜜がかかった。

悲鳴と同時に、料理長は氷箱を開けた。別の職人はバター壺を抱えて走る。見習い女中のベレニカが、その両方を床へ置いた。

「井戸水を流してください。細く、止めずに」

「氷のほうが冷たい!」

「冷たすぎます。今は水です」

前世で給食室の事故訓練を百回受けたベレニカは、職人の手を水桶へ沈めなかった。汚れた水に浸けず、汲み上げたばかりの冷たい水を指先から手首へ流し続けた。

料理長が「もう十分だ」と三分で止めようとする。ベレニカは小さな砂時計を四回返した。

五分目、職人は歯を食いしばるのをやめた。

十分目、手の甲に広がっていた赤みが境目で止まった。

二十分目、到着した宮廷治療師が指を一本ずつ動かさせる。職人は親指から小指まで曲げ、驚いたように瞬いた。

「さっきは腕まで焼けると思ったのに」

料理長が隠したバター壺を、治療師は鼻先で押し返した。

「塗らなくて正解だ。熱を閉じ込めず、先に抜いたから処置が早い」

同じ厨房では昨月、軽い油はねに氷を当てた下働きが皮膚を傷め、十二日休んでいた。今回は鍋一杯の蜜を浴びた職人が、治療後も指を動かせている。水は桶三杯、時間は二十分。高価な冷却魔石は一つも使っていない。

ベレニカは使った水を床へ流さず、受け桶へ集めて見せた。三杯すべて合わせても、厨房が一刻に使う洗い水の十分の一だった。氷箱を開ければ冷却魔石が一枚割れ、金貨八枚が消える。井戸水なら銅貨零枚。さらに砂時計を火口の横へ吊るすと、誰が処置しても二十分を途中で縮められない。職人たちは、魔法ではなく手順が同じ結果を繰り返すことに気づいた。

菓子職人は左手で注文札を取り、明日の婚礼菓子をベレニカへ指した。

「仕上げは任せる。右手が戻るまで、私の台を使え」

さらに王妃付き侍従が、厨房全六室へ細い流水管を作る発注書を広げた。

工事監督欄には、見習い女中ではなく『火傷対策責任者ベレニカ』と記されていた。