波間の一人

 救難艇が墜落して三日目、私は少女を見つけた。

 水の惑星ネレイア。陸地は岩礁だけで、入植地は四十年前に全滅したと聞いていた。だから、濡れた白い服で浜に立つ彼女を見たとき、幻覚だと思った。

「名前は?」

「エルネ」

「どこから来た」

 少女は水平線を指した。

「みんなのところ」

 彼女は潮の満ち引きを正確に知り、沈んだ観測塔まで私を導いた。食料を口にせず、眠りもしない。風が止むと、呼吸まで止まった。

「入植者の子孫なのか」

「子孫?」

「親から生まれた子だ」

 エルネは少し考えた。

「私は、たくさんの終わりから生まれたよ」

 観測塔の送信機は生きていた。修理を終えると、軌道上の母船から応答が届いた。

『生体反応を確認。あなた一名です』

「もう一人いる!」と私は叫んだ。「十六歳くらいの少女だ」

 返事の代わりに、古い入植者名簿が転送された。最初の調査隊に、エルネ・ヴァルという海洋学者がいた。写真の顔は目の前の少女と同じだった。

 死亡年は四十一年前。

 私は振り返った。彼女の足元から、白い服が透明になり始めていた。布ではない。泡だった。

「最初のエルネは、海に落ちたのか」

「最初だけじゃないよ」

 波が岩礁へ砕けるたび、知らない声が重なった。男、女、老人、幼い子。全滅した入植者たちの最後の言葉が、潮騒の中で繰り返されている。

「海が、彼らを覚えたのか」

「覚える、を覚えたの」

 少女は笑った。その表情も、誰かの記憶を借りたものだった。

「あなたを助けたのは、食べるためか」

「違う。私たちがいたと、遠くの海へ伝えてほしいから」

 救助艇が降下してくる。噴射風の中で、エルネの輪郭は雨へほどけた。

 帰還後、記録映像を調べても、少女は一度も映っていなかった。私が誰もいない浜へ話しかけ、波の動きに従って歩く姿だけが残っていた。

 ただし音声には、私以外の声が一つだけ記録されていた。

『地球にも、海はある?』

 私は報告書の生存者欄に「一名」と書きかけ、消した。

 彼女は人間ではなかった。

 けれど四十一年ものあいだ、人間たちを一人も忘れなかった。

 私は「一つの海」と書いた。