洗面台点検票_備考欄
洗面台点検票――備考欄
【四月三日 午前十時】
駅前交流センター一階・多目的トイレ。
洗面台、水滴ほぼなし。
巡回前に拭き取られた形跡あり。
使用済みペーパーはごみ箱へ分別済み。
実施者、不明。
【四月五日 午後二時】
同様。
清掃担当の私は右手首を痛めており、絞る作業に時間がかかるため助かる。
ただし利用者へ清掃を求める掲示は出していない。
【四月九日 午後三時】
杖を使う高齢男性が、手を洗ったあと、自分のハンカチで縁を拭くところを確認。
礼を言うと、
「先週、ここで女の子が拭いているのを見た。まねしただけ」
とのこと。
女の子の特定には至らず。
【四月十二日 午前十一時】
ベビーカー利用者が水滴を拭く。
理由を尋ねると、
「前の人が乾かしてくれていたので、次へ返します」
とのこと。
清掃用具ではなく、各自のペーパーを使用。
【四月十八日 午後四時】
例の女の子と思われる小学生を確認。
手洗い後、飛ばした水を一周ぬぐう。
声をかけると、以前ここで弟が転び、濡れた洗面台へ着替えを置けなかったことがあるという。
「掃除の人が悪いんじゃないよ。使う人が多いから。だから一人一回なら、すぐ終わると思って」
本人は表彰や掲示を希望せず。
【五月一日】
手首の治療終了。
通常どおり清掃可能。
それでも巡回時、洗面台は以前より乾いている。
水滴を拭く人は、年齢も利用時間もさまざま。
互いの名前は知らない。
【五月二十日】
センターから「きれいに使いましょう」という掲示案が提出された。
担当者意見として却下を提案。
命令にすると、守った人と守らない人に分かれる。
今ここで起きているのは、誰かが次の人を少し気にすること。
規則より、まねとして残したい。
代案として、鏡の隅へ小さな紙を貼った。
〈水滴を一つ拭いてくださった方へ。
おかげで清掃員の手首と、次の人の袖が少し休めます。ありがとうございます〉
【六月二日】
紙の下に鉛筆の書き込みあり。
〈どういたしまして。私も前の人にしてもらいました〉
【最終所見】
洗面台を最初に拭いた人は特定できない。
親切が、担当者の名前を必要としない形で引き継がれたためである。
【翌年四月十八日】
女の子と思われる利用者、制服姿で来館。
洗面台を一周拭いたあと、鏡の紙を読み、何も書き加えず退出。
その直後に入った幼児が水を飛ばし、付き添いの父親と一緒に拭き取った。
記録上、親切の開始日は不明。
継続中であることのみ確認。