消えた三秒
アクションゲームの最終確認は、巨大竜が塔を砕く場面で止まった。正確には、止まったように見えた。三秒間だけ竜も瓦礫も静止し、その後、何事もなかったように戦闘が始まる。
発売用データの締切は今夜。映像担当の永海志鶴に渡された依頼は、その三秒を消すことだけだった。
「高性能機では出ません。標準機だけです」
新人が再生を繰り返す。志鶴は画面ではなく、竜の影を見た。停止する直前、影だけが一度跳ねている。
演出はタイムラインという秒単位の表に沿って動く。竜の姿勢はリグと呼ばれる骨組みで制御される。調べると、塔を砕く瞬間だけ、使われていない尾の骨まで高精度に計算する指定になっていた。標準機では計算が一瞬遅れ、次の命令が三秒先まで詰まっていた。
監督は「尾を固定して軽くしよう」と言った。締切前なら普通の判断だ。だが志鶴は、戦闘開始後の映像まで進めた。竜は尾で足場を薙ぎ払う。固定すれば、今度は本番中に瓦礫とずれる。
「停止部分だけ別の動きに差し替えます。尾を消すんじゃなく、砕けた塔の煙で隠す」
新しい動きを作る時間はない。志鶴は既存の待機姿勢を短く切り、煙が濃い十四コマの間だけ重ねた。計算を減らしながら、観客には竜が力を溜めているように見せる。さらにフレームレートを半分に落とした確認も行った。もっと遅い状況でも、命令が詰まらないかを見るためだ。
午前三時、標準機で竜が塔を砕いた。煙の奥で影が沈み、次の瞬間、尾が瓦礫を払う。停止はなくなっていた。志鶴は画面の明るさを最低まで下げた。煙が黒く潰れても、尾の姿勢が一瞬見えないか確かめる。影は自然につながっていた。
監督は三度見直し、「前より溜めが効いてる」と笑った。志鶴は笑わず、差し替えた十四コマに印を付けた。偶然よく見える修正は、後から誰かが元へ戻しやすい。
保存を終えた直後、廊下から走る音がした。
「志鶴さん、エンディングで王様の口だけ動きません!」
画面では竜が何度目かの塔を砕いていた。志鶴は再生を止め、次の三秒を探しに席を立った。