消えた第七警報

牧野澄香は、輸液ポンプメーカーの品質保証課で報告書の体裁を整える契約社員だった。病院グループへの一万台納入を決める会議で、彼女は末席に座っていた。

安全試験の要点は、チューブが詰まってから五秒以内に警報が鳴ること。提出資料には六回の測定値が並び、平均四・八秒、最大四・九秒と記されていた。

澄香はページ番号を見た。試験表は「1/7、2/7、3/7、5/7、6/7、7/7」。四枚目だけがない。

「単なる採番ミスだよ」と品質部長の郡司が言った。

澄香は印刷室の保管箱から見つけた四枚目を差し出した。値は七・四秒。規格外だった。右上には赤い廃棄印が押され、その下に「センサー接触不良」と手書きされている。

病院側の医療安全部長が尋ねた。「再試験は?」

郡司は同日の午後六時四十七分に合格したと答えた。澄香は試験機の稼働履歴を投影した。機械は午後六時二十分に校正業者へ引き渡され、翌朝まで封印されている。再試験時刻には誰も触れられない。

さらに報告書の電子署名は午後六時十二分。存在しない再試験より三十五分早かった。

郡司は澄香の契約更新を口にした。「会社の判断に従える人間を残す」

澄香は怖かった。母の介護費を払うには、この仕事が必要だった。それでも七枚目まで通しで保存されたプリンター履歴を示した。廃棄された四枚目も、他の六枚と同じ時刻、同じ端末から印刷されている。

「接触不良なら、警報が遅れた事実は消えません」

澄香は七・四秒の試験中に撮られた監視映像も示した。警報音より先に、模擬患者へ送る液量が規定を越えている。郡司は音声の遅延だと言ったが、映像内の試験機時計と録音波形は同じ時刻サーバーに同期していた。遅れたのは映像ではなく、警報そのものだった。

病院側の責任者は契約書の署名欄を手で覆った。購買担当が押しかけていた決裁ボタンを離す。画面の表示が「承認待ち」に戻り、一万台の発注は第七警報の前で止まった。