湯縁に積んだ七つの石
治癒院を追われたリュシアが受け取った土地の権利書には、赤字でこうあった。
――熱泉あり。危険につき利用不能。
実際、丘の窪みでは煮えた湯が泥を跳ね上げ、近づくだけで頬が熱くなった。だがその横には、雪解け水の細い流れがある。
「混ぜればいいだけなのに」
治癒院では、彼女の《温度感知》は「患者に触れなくても熱が分かるだけの地味な力」と笑われた。けれど今日必要なのは、派手な奇跡ではない。
リュシアは最初の仕事を、湯の縁づくりに決めた。
治癒院を追われた理由は、貴族の軽い頭痛より、厨房女中の火傷を先に診たからだ。順番を乱したと叱られた夜、もう誰を温めるか他人に決めさせないと誓った。この危険な湯も、扱い方さえ分かれば誰かを傷つけずに済む。まず自分の足で証明すればいい。
川辺から平たい石を七つ運ぶ。一つ目は軽かった。四つ目で腕が震え、六つ目では靴が泥に沈んだ。それでも石を弧に積み、熱泉の一部だけを小さな窪みへ導く。最後の七つ目を据えると、雪解け水が石の隙間から細く入り込んだ。
じゅう、と白い息が上がる。
《温度感知》が、赤から橙、橙から淡い金へ変わった。
「四十度。ちょうどいい」
彼女は靴下を脱ぎ、泥だらけの足を浸した。刺すようだった疲れが、足首からゆっくりほどけていく。湯の匂いは少し鉄っぽく、その向こうで濡れた草が青く香った。
携帯鍋では、干し肉と豆のスープが煮えていた。蓋がことこと鳴り、切った葱が湯気の中で甘くなる。
そのとき、治癒院の白い馬車が丘を上がってきた。院長代理が降り、頭を下げる。
「流行熱で手が足りません。どうか復職を。待遇は以前の三倍に」
差し出された契約書を、リュシアは受け取った。だが署名欄は見ず、七つ目の石がぐらついていないかを指で確かめる。
「返事は明日。今日はこの湯と約束したので」
彼女はスープを椀によそい、足を温めたまま一口すすった。塩気と豆の甘さが広がる。
治すべきものを、今度は自分で選べる。その事実のほうが、三倍の給金よりずっと温かかった。