火曜だけの酸素

梶谷雛乃が在宅医療支援室で受け取った最後の依頼は、酸素濃縮器を一台届けてほしい、という家族からの電話だった。

電話の向こうでは、退院したばかりの女性が息を整える音がした。配送予定は翌朝。それでは不安だから今夜中に、と娘は繰り返した。

雛乃の隣では、榛村沙和が産休前最後の引き継ぎをしていた。地域の患者名、主治医、機器番号がびっしり書かれた一覧を、沙和は慣れた指で追った。

「倉庫の予備三号機を出せば大丈夫。火曜は空いてるから」

今日は火曜だった。雛乃は配送票を作りかけ、運転手が机へ置いた翌朝の回収ルートに目を止めた。三号機の番号が、別の患者の欄にもある。共有カレンダーを週表示に変えると、毎週火曜だけ非表示になっていた定期予定が現れた。透析後に酸素が必要な男性へ、三号機を貸し出す日だった。

「空いていません」

雛乃は配送を止め、レンタル会社の夜間窓口へ連絡した。緊急在庫を直接病院から運ぶ方が二十分早い。新人の配送担当が青ざめて謝ろうとすると、雛乃は受話器を押さえて言った。

「謝るのは後。今は二人とも酸素が途切れない順番を作ろう」

沙和の携帯には、入浴中も食事中も折り返した記録が残っていた。雛乃はそれを見て、頼られていたのではなく、頼る先が一人に固定されていたのだと思った。レンタル会社には病院の退院時刻を伝え、運転手には玄関までの段差を確認してもらった。

新しい機器は九時前に家へ着いた。娘から届いた〈母が眠れました〉という短いメールを見てから、雛乃はカレンダーの管理方法を変えた。患者名ではなく機器番号を軸にし、定期予定を非表示にできない設定にした。

沙和は腹をそっと撫でながら、引き継ぎ用の携帯電話を差し出した。

「夜は鳴るけど、慣れるよ。私、ずっと一人で持ってたから」

雛乃は受け取らず、当番表を開いた。一人が七日間持つ案を消し、看護師と事務の二人一組、三日交代へ組み替える。

上司へ〈この体制なら担当を引き受けます〉と送ると、沙和の携帯ではなく、支援室の共有端末が初めて鳴った。