点滅する赤の向こう
学校へ行きたくない日は、横断歩道がやけに短く見える。
向こう側に校門があるだけで、白い線の一本一本が逃げ道を塞ぐ柵のようだった。
私の上履きに「うそつき」と書いたのが誰か、知っていた。けれど先生に聞かれても言えなかった。名前を口にすれば、教室中の視線が私へ集まる。その方が、落書きより怖かった。
歩行者信号が点滅を始めた瞬間、車も、風も、人の足も止まった。
私だけが、横断歩道の真ん中で動けた。
いつも前を歩く学級委員は、片足を宙に浮かせたまま固まっていた。優等生で、誰にでも同じ笑顔を向ける子だ。助けを求めたときも、「先生に相談した方がいいよ」と正しいことだけ言って去った。
その握った手から、小さな紙がのぞいていた。
よく見ると、彼女の上履き袋にも黒い線が走っていた。洗って薄くなっているが、「告げ口」と読めた。正しいことを言って去ったのではなく、あの日の帰り道から、彼女も同じ側へ押し出されていたのだ。
開くつもりはなかった。けれど風まで止まった朝は、言い訳をする相手もいない。
紙には、落書きをした三人の名前と、見た日時が書かれていた。最後に震えた字で、
「私も怖い。でも今日、一緒に言う」
とあった。
彼女のもう片方の手は、背中に隠されていた。指先が、こちらへ伸びかけている。普段なら見落とすほど小さな動きだった。
点滅が終わると、世界が一斉に走り出した。
クラクションが鳴り、学級委員の足が地面につく。彼女は振り返り、私と目が合うと、隠していた手をぎこちなく差し出した。
「遅れるから」
言葉はそれだけだった。
私はその手を取った。
冷たくて、少し汗ばんでいた。守ってくれる人の手ではなく、同じくらい怖がっている人の手だった。
校門までの道で、彼女は一度も励まさなかった。私も礼を言わなかった。ただ、手だけは離さなかった。
教室の前で先生を呼ぶとき、声は裏返った。
隣でもう一つ、同じように裏返る声がした。
先生が椅子を勧めても、私たちは座らなかった。座れば逃げられなくなる気がしたからだ。立ったまま、紙に書かれた名前を、一人ずつ読んだ。
放課後、横断歩道の信号はまた赤く点滅した。世界は止まらなかった。
白い線は朝と同じ本数なのに、向こう岸まで、昨日よりずっと近かった。