無給料理番の消えない火

城塞の食糧庫が焼けた夜、残ったのは生麦三袋と泥だらけの蕪だけだった。

包囲軍は明朝にも攻めてくる。守備兵は六百。空腹のままでは城壁に立てない。

「料理番のミレナ、お前が何とかしろ」

侯爵はそう命じた。半年も賃金を払わず、腐った食材まで私の腕不足にしてきた男だ。火口箱も油も失われた厨房で、何とかできるはずがない。

けれど、視界の隅に見慣れない赤い印が灯った。

《条件達成:報酬を受けず千食を作った者》

《主人公専用排出枠〈台所〉を解放》

《望む効果を一つ定めて抽選してください》

欲しいのは豪華な食材ではない。今ある物を、全員が戦える食事に変える火だ。

一度だけ引く。

手のひらに現れたのは、豆粒ほどの赤い炭だった。

《消えない火種》

《鍋に入れた素材の“食べられる可能性”を最大まで引き出す》

私は大鍋へ火種を落とし、生麦と刻んだ蕪、水を注いだ。炎は鍋底ではなく食材そのものを柔らかく包んだ。麦はふくらみ、蕪の青臭さは甘みに変わり、湯気には肉を煮込んだような香りが混じる。

一杯を受け取った老兵が黙って食べ、空だった肩を持ち上げた。

「腹だけじゃない。魔力まで戻るぞ」

六百杯をよそっても鍋は減らなかった。病室へ運べば傷兵の震えが止まり、城壁へ渡せば兵の頬に色が戻る。余った分は避難民にも配った。

翌朝、敵軍が梯子を掛けた時、城塞から上がった鬨の声は昨日の倍だった。満腹の守備兵は一歩も退かず、昼前には包囲軍が撤退を始めた。

侯爵が厨房へ駆け込み、鍋を指さした。

「その火種は領主の所有物だ。今後は私のために――」

「未払い賃金六か月分と、避難民への食糧費を払ってから言ってください」

私は火種をつまみ上げた。鍋は空になったが、兵たちはもう立っている。契約書を突きつけられた侯爵の顔だけが、煮えた蕪より赤くなった。

赤い炭の表面に、遅れて星が七つ浮かぶ。

《唯一級〈尽きぬ厨房の始原火〉》

《所有者専用効果:作った食事の対価を踏み倒した者から、相当額を自動徴収します》