焦げたクロワッサンを半分

真琴がオーブンを開けた瞬間、甘いはずのバターの香りに、薄い苦さが混じった。

棚いっぱいのクロワッサンは、端が黒く縮れていた。タイマーを六分長く設定したのは真琴だった。朝の仕込み表を一段読み違えたのだ。開店まで四十分。焼き直す時間はあるが、発酵済みの生地は残りぎりぎりだった。

「廃棄で。次、温度戻して」

店長はそれだけ言い、レジの立ち上げに戻った。

真琴は焦げた天板を作業台へ置いた。以前なら、朝食を抜いた。昼も、売れ残りのパンに手を伸ばさなかった。失敗した日にお腹が空くのは図々しい気がしていた。誰にも命じられていない罰を、自分だけの規則にしていた。

黒い端を見ていると、胃が小さく鳴った。午前五時から水しか飲んでいない。

廃棄袋を開き、全部を滑らせようとして、一つだけ手元に残した。売り物にはならない。層は潰れ、片側は硬い。それでも中央を割ると、まだ湯気が立った。

真琴は焦げたところをむしらなかった。半分をそのままかじった。

表面は苦く、内側は温かかった。失敗の味がした、とは思わなかった。ただ、焼きすぎたクロワッサンの味だった。

残り半分を紙に包み、作業台の隅へ置く。仕込み表の該当欄に赤ペンで《設定二〇〇度・十八分。六分超過》と書き、その下に自分の印を押した。

新しい天板を入れるころ、店の外が少し明るくなった。二回目のタイマーを押し、真琴はポケットの紙包みを確かめた。

店長は廃棄数を伝票へ書き、原価の欄に赤い数字を入れた。「次の生地、残り全部使うよ」と言っただけで、「気にしないで」とは言わなかった。真琴も、慰めを待って手を止めなかった。損失は数字として残り、朝食は朝食として残った。

開店後、最初の客がクロワッサンを二つ注文した。焼き直した分は、きれいな狐色だった。だからといって朝の失敗が消えるわけではない。

会計を終えた真琴は、客のいない一瞬に、残しておいた半分を食べた。今度は冷めて少し固かったが、全部噛んで飲み込んだ。昼休みの欄には、いつも通り自分の名前があった。