焼きおにぎりは三角に

亜澄が残業帰りの小料理屋で頼んだのは、大根のおでんとほうじ茶だけだった。なのに二皿目として、味噌を塗った焼きおにぎりが運ばれてきた。

「私、注文してませんけど」

店主の磯辺は「厨房からです」とだけ言う。厨房にいるのは磯辺一人だが、カウンターには同僚の額田と、打ち合わせ帰りらしい取引先の梨木もいた。三人とも、亜澄がこの店の常連だと知っている。

焼きおにぎりは一角だけ平らにつぶれた三角形だった。会計票には料理名の代わりに「まかない・0」と印字され、焦げた味噌からは柚子の香りがした。

その三つで、亜澄には分かった。

「額田さんでしょう」

額田は箸袋を折る手を止めた。先月まで亜澄は、祖母仕込みの味噌おにぎりを弁当にしていた。一角をつぶすのは、鞄の中で転がらないようにする癖だ。ある昼、額田が皆の前で「ずいぶん地味なお弁当」と言った。それ以来、亜澄はコンビニのパンしか持ってこなくなった。

「褒めたつもりだった」と額田は小さく言った。「落ち着く匂いだって言いたかったのに、言葉を間違えた。謝ろうとすると、今さらって思って」

彼女は磯辺に祖母の味を尋ね、亜澄が前に話していた柚子味噌で作ってもらった。ただし直接おごれば断られるから、店のまかない扱いにして会計から外したのだ。

磯辺が肩をすくめる。「形まで指定する客は初めてでしたよ」

「そこまでしなくても」

「そこまでしないと、伝わらない気がした」

亜澄は、あの日から弁当箱を棚の奥へ押し込んでいた。祖母が亡くなって初めて自分で炊いた味噌なのに、人前へ出すのが急に恥ずかしくなったのだ。額田は、昼休みにパンの袋だけが増えていくのを見て、自分の一言が毎日残っていると気づいたという。謝罪が遅れた日数ぶん、柚子の配合を磯辺と試したらしい。

完璧に同じ味ではなかった。祖母の味噌はもっと甘い。それでも、角の焦げたところを噛むと、休憩室の居心地の悪さが少しだけほどけた。

亜澄は皿を額田の方へ押した。

「半分なら、謝られすぎないよ」