焼け跡に二つの家
昭和二十一年、空襲で家を失った久布白絹枝と戸室惣平は、焼け跡へ小さな家を建て始めた。
二人の息子は、防空壕へ向かう途中で亡くなった。
家も写真も玩具も焼け、残ったのは、溶けて歪んだ金属の風車だけだった。
「同じ場所に建てよう」
惣平は言った。
「帰ってこられるように」
誰が帰るのか、二人は言わなかった。
惣平は昼に大工仕事へ出て、夜は自分たちの柱を立てた。
絹枝は瓦礫から使える煉瓦を拾い、焦げた釘を一本ずつ伸ばした。
家が形になるほど、二人の会話は減った。
柱の位置、窓の高さ、配給材の残り。
息子の名だけは口にしなかった。
呼べば、作りかけの家が墓になるような気がした。
秋、屋根が完成した。
雨の夜、二人は初めて新しい家で眠った。
惣平は子ども部屋になるはずだった四畳半へ、息子の風車を置いた。
絹枝は翌朝、それを押し入れへしまった。
「どうして隠す」
「毎朝、死んだことを見せないで」
「忘れたいのか」
「忘れたくないから、風車だけであの子を全部にしないで」
二人は初めて激しく争った。
惣平は、絹枝が息子を置いて先へ行こうとしていると言った。
絹枝は、惣平が息子の帰りを待つために自分まで家へ閉じ込めると言った。
どちらも、相手の悲しみを責めていた。
同じ子を失ったのだから、同じように悲しむはずだと思っていた。
家が完成した春、絹枝は町の助産所で働くことを決めた。
惣平は焼けた家々を建て直す組へ入り、遠い県へ行くことになった。
「この家はどうする」
惣平が訊いた。
「売りましょう」
「帰る場所だろ」
「帰りたい家は、もう建て直せなかった」
惣平は怒らなかった。
ようやく、そのことを自分も知っていた。
二人は離縁状へ判を押した。
愛がなくなったのではない。
あの日以前の夫婦へ戻ろうとするたび、息子を失った悲しみまで同じ形に揃えようとしてしまう。それに耐えられなかった。
家を買ったのは、戦地から妻子を連れて戻った若い家族だった。
引き渡しの日、子どもが四畳半を走り回った。
絹枝は笑い、惣平も笑った。
泣かなかった。
最後に押し入れから風車を出した。
二人で持つことはできず、半分にもできない。
惣平が受け取り、絹枝は錆びた羽根を一度だけ回した。
風車は、昔と同じ音では鳴らなかった。
新しい家には、新しい家族の声が満ちた。
二人は別々の道へ歩いた。
家は建て直せても、そこへ帰る夫婦は、もう同じ二人ではなかった。