煙が売った青魚
港町ルーヴァでは、朝獲れの青魚が夕方には値崩れした。
二百尾を積んだ漁師たちの前で、魚商組合長メルカは肩をすくめる。
「余った分は肥料だ。明日まで持つわけがない」
沖で魔獣が暴れ、三日分の魚が一度に網へ入ったのだ。喜んだのは朝だけだった。売り場には銀色の山、肥料商は足元を見て一尾銅貨一枚を提示する。漁師の網代にもならない。
颯真は、泣きそうな顔で魚を抱く少年漁師を見て手を挙げた。
元キャンプ場の料理長、波多野颯真は、売り場裏の壊れた煉瓦窯を指した。
「四十尾だけ、俺にください」
「焦がしてどうする」
颯真は窯の下段で薪を燃やし、火が落ち着いてから湿らせた林檎の枝を載せた。魚は腹を開き、同じ量の塩を振って網に並べ、炎ではなく、上がる煙の中へ置く。
焦げた煙が出れば枝を外し、白い煙へ戻す。温度は手を窯口へ近づけ、五つ数えられる熱さに保った。
それだけだった。高価な香辛料も魔法も使わない。
一刻後、窯の扉が開く。
金茶色になった皮から、甘い煙と脂の香りが港へ流れた。肥料行きを待っていた客が振り向き、酒場の主人たちまで走ってくる。
メルカは一尾を裂いた。身は熱が通っているのにしっとりし、骨からきれいに外れた。生臭さはなく、噛むほど木の香りと塩気が広がる。
「冷めても旨いのか」
颯真は朝に仕込んでおいた一尾を渡した。
冷えた身は締まり、香りはむしろ深くなっていた。
その場で十人が銀貨を置き、四十尾は数分で消えた。
肥料商が銅貨一枚で買おうとした魚を、酒場主は一尾銀貨一枚で取り合った。少年漁師の手には、朝より重い革袋が残る。
「残り百六十尾も窯へ!」
メルカが叫ぶと、颯真は首を横に振る。
「一度に詰め込めば煙が回りません。網を三段増やせば、夕刻までに百二十尾です」
メルカは肥料商との伝票を破り捨て、漁師たちへ新しい買値を告げた。昨日の倍だった。
さらに颯真が三日前に仕込んだ魚を宿の主人へ割らせる。身は乾かず、臭いもない。街道の宿まで運べると分かり、注文札が十枚並んだ。
そして窯の前に立つ颯真へ、組合の印章を差し出す。
「港の燻製場を新設する。責任者はお前だ。明日の水揚げも、全部買う」