父の筆跡は二つあった

 戦地の父から届く手紙には、二つの癖があった。

 ある日は、米粒ほどの字で天気や食事を書いた。

〈今日は豆を七粒食べた。芙佐も好き嫌いをするな〉

 別の日は、紙いっぱいに絵を描いた。銃を箒に、戦車を亀に見立て、最後に必ず笑う太陽を添えた。

〈帰ったら、三人で海を見よう〉

 母は、忙しい日と暇な日で字が変わるのだと言った。私はどちらの父も好きだった。几帳面な父には算数の答案を送り、陽気な父には町で起きた失敗を書いた。

 終戦後、父は帰らなかった。

 母は「遠い場所で眠っている」とだけ言い、手紙を桐箱へしまった。私は結婚し、子を育て、母を見送り、それでも箱を開けられずにいた。

 八十歳の年、旧軍の記録を整理しているという資料館から連絡が来た。

 父、天笠庸一は、出征して二か月目に亡くなっていた。

 その後三年間、手紙を書いていたのは同じ班の二人だった。帳簿係の墨岡留吉が小さな字を書き、絵の得意な伊吹戸公平が太陽を描いた。父が死ぬ前、二人へ頼んだのだという。

〈娘は、郵便受けの音を一日中待っている。妻の病気が治るまで、私を帰途にいることにしてほしい〉

 二人は父の過去の手紙を読み、家族の話を覚え、交代で父になった。やがて母の病気が治っても、私から届く返事を止められなくなった。

〈芙佐が九九を全部言えた〉

〈芙佐が父さんの絵を褒めた〉

〈この子の中でだけは、庸一がまだ生きている〉

 資料館には、送られなかった最後の便箋が残っていた。右半分は小さな字、左半分は大きな太陽だった。

〈芙佐へ。私たちは君の父ではない。それでも君の手紙を読む間だけ、自分たちが人を殺すための兵隊ではなく、誰かの帰りを待たれる父親になれた〉

 二人も終戦の一週間前に亡くなっていた。

 私は桐箱を開け、すべての手紙を日付順に並べた。

 父の筆跡は二つあった。

 けれど、そこに書かれた「帰りたい」という気持ちは、きっと三人とも同じだった。