犯人は貸した側
榎並維吹は、推理小説を借りた翌日から、貸し主を疑い始めた。
本はクラス委員の女子が「絶対おもしろい」と押しつけてきたものだった。昼休み、維吹が表紙を開くと、最初の頁に赤鉛筆でこう書かれていた。
『犯人は三十二頁に出る。』
維吹はすぐ頁を閉じた。
「何これ」
「昔の私の書き込みかな」
「推理小説に犯人の場所を書くなよ」
「場所しか書いてないでしょ」
三十二頁を意識しないように読むのは難しかった。登場人物が出るたび、頁数を見ないよう親指で隠した。
五十頁には付箋があり、『この人は嘘をつく』。百一頁には鉛筆で、『窓に注目』。最後の章の手前には、『ここから先、絶対に先読み禁止』。
維吹は昼休みのたび、貸し主へ抗議した。
「書き込みが多すぎる」
「親切な案内」
「犯人が絞られる」
「当たった?」
「言うわけない」
読み終えたのは金曜の放課後だった。
犯人は、三十二頁に一度だけ名前の出た郵便配達員だった。赤鉛筆の予告は正しかった。窓も重要だった。書き込みのせいで分かったのか、自分で推理したのか、維吹にはもう判断できない。
本を返すと、貸し主はにやにやして訊いた。
「犯人、誰だった?」
「郵便配達員」
「外れ」
「は?」
「私が貸した本、下巻だよ」
表紙を見直す。題名の下に、小さく『後篇』とあった。
「前篇は?」
「私が持ってる」
「先に貸せ!」
「後篇から読んだ人が、どこまで気づくか試したかった」
維吹は呆れて本を突き返した。
「つまり犯人はお前だ」
「何の事件の?」
「読書順破壊事件」
貸し主は笑い、鞄から前篇を出した。
「じゃあ、真相を確かめる?」
「もう犯人知ってる」
「前篇では、郵便配達員は一度も出ないよ」
また騙されている気がした。それでも維吹は本を受け取った。
翌週、前篇を読み終えた維吹は、後篇の赤い書き込みがすべて嘘だったことを知った。三十二頁の人物は犯人ではなく、窓も関係ない。
ただ一つ本当だったのは、最後の付箋の裏に書かれていた言葉だった。
『読み終えたら、感想を聞かせて。放課後、図書室で。』
維吹はその頁だけ、疑わずに信じた。