王の晩餐より干し肉一枚
王の晩餐会へ白狼が踏み込んだ瞬間、楽団の音が止まった。
白い巨体は長卓より高く、銀の皿が足元で次々に割れる。貴族たちは「北の災厄だ」と壁際へ逃げ、近衛兵は王を囲んだ。
皿洗い係のカイエだけは、厨房口から動かなかった。宴の料理は一口も味見させてもらえず、冷えた残り汁で空腹を紛らわせる身だ。だからこそ、食べ物を前にして食べられない目を見間違えなかった。
白狼はロースト肉へ鼻を寄せるたび、顔をそむけて低く唸った。怒っているのではない。頬がこけ、肋骨まで浮いているのに、噛もうとしない。
カイエには覚えがあった。自分も虫歯を隠して働いていた時、固いパンを前に同じ顔をした。
「お腹は空いてる。でも、歯が痛いんでしょう」
王妃が「愚かな娘を止めなさい」と叫んだ。けれど白狼は、カイエが近づいても飛びかからない。右の牙の根元が赤く腫れていた。
彼女は豪華な肉を取らず、厨房へ戻った。売り物にならない端肉を細かく裂き、野菜の煮汁でとろとろになるまで煮る。味付けはしない。浅い木皿に入れて床へ置いた。
白狼は一度だけ彼女を見た。
「熱くないよ」
長い舌が煮汁をすくった。続けて、もう一口。やがて木皿は音を立てて空になった。白狼の尾が、磨かれた床をゆっくり掃く。
その間にカイエは清潔な布へ薬草油を含ませ、腫れた歯茎へそっと当てた。厨房長は「王の客へ残り物を出した」と青ざめたが、白狼は豪華な香辛料肉より、彼女の薄い煮汁を最後の一滴まで舐めた。白狼は目を閉じ、されるがままになった。
王がようやく玉座から立つ。
「神獣よ。最高の肉と黄金の寝台を与えよう。余の守護獣となれ」
白狼は大きなあくびをした。そして王を素通りし、床に座ったカイエの前でくるりと身を丸める。
「私、皿洗いですよ」
返事は、彼女の手の甲に浮かんだ小さな銀月だった。王家の紋章より古い、神獣に選ばれた証だ。
白狼は満ち足りた息を吐き、カイエの膝へ顎を載せた。煮汁の匂いが残る口元の毛はふわりと柔らかく、両脚をしびれさせる重さまで、不思議なくらい心地よかった。