王の鏡を磨いた朝
宮殿の鏡磨きチェルノアは、戴冠式の朝に処刑台を見た。
台へ上げられていたのは第一王女だった。王家の真実だけを映すという《白銀鏡》に、王女が国王へ毒を盛る姿が映ったためだ。
鏡の前には大臣と騎士団が並び、誰も判決を疑わない。疑えば、鏡そのものへの反逆になる。
王女は弁明しなかった。ただ、毎朝鏡を磨くチェルノアへ一度だけ目を向けた。王女は以前、手荒れした彼女へ薬を置いてくれた唯一の宮廷人だった。その目には助けを求める色ではなく、「鏡を見て」という静かな確信があった。
チェルノアの技能は地味だった。
【鏡面清掃:鏡に映る像を曇らせるものを拭き取る。】
毎朝これで指紋と蝋煙を落とすだけ。大臣は「布切れに祝福など不要だ」と笑い、彼女を式場の隅へ追いやっていた。
だが、その朝の鏡は妙だった。
表面は澄み切っているのに、王女の像だけが暗い。毒杯を持つ指の輪郭が、呼吸に合わせてわずかに揺れている。物理的な汚れではない。誰かが鏡の“像”に偽りを塗ったのだ。
処刑人が斧を持ち上げる。
「お待ちください」
チェルノアが壇上へ進むと、大臣が腕をつかんだ。
「掃除婦が国事に口を出すな」
「口ではなく、布を出すだけです」
彼女は袖から磨き布を取り、白銀鏡を右から左へ一度だけ拭いた。
布が触れた場所から、王女の毒殺像が煤のように剥がれた。代わりに映ったのは、昨夜、大臣が鏡の裏へ幻術針を刺す姿だった。鏡は真実を失っていたのではない。真実の上に、偽像という曇りを重ねられていたのだ。
大臣が逃げようとした瞬間、鏡の中の彼だけが動かなかった。幻術針を握る像が、罪証のように残る。さらに鏡の縁から黒い油が滴り、彼の袖へ戻っていった。王女の像を曇らせていた術者の印だった。
国王が立ち上がり、処刑人へ斧を下ろさせた。
「王女を解放せよ。大臣を拘束しろ。そして――」
王はチェルノアに向き直った。いつも床を見るしかなかった彼女へ、宮廷中の視線が集まる。
鏡の縁に刻まれた職業認証紋が光り、煤色の文字を拭うように変化した。
【職業「宮殿鏡磨き」が上位職「真映研磨官」へ書き換えられました】