王冠より軽い鎖
戴冠式の最後に、王女セレスティアへ贈られたのは宝冠ではなかった。
黒鉄の鎧を着た騎士ローデンと、その胸に刻まれた王家の呪印だった。
「先王直属の不敗騎士です」
宰相は金の印璽を捧げ持つ。
「殿下の紋へ書き換えれば、反逆も逃亡も不可能。新王の威光を示す、何よりの贈り物となりましょう」
大広間には諸侯が並び、誰もがセレスティアの手元を見ていた。
ここで所有を拒めば、若い女王には兵を従える力がないと笑われる。受け入れれば、最強の剣が手に入る。
ローデンは玉座の前にひざまずいたまま、一度も顔を上げない。
首筋の印から細い光の鎖が伸び、印璽へつながっている。
セレスティアは印璽を受け取った。
「ローデン。顔を上げなさい」
騎士の首が跳ね上がる。本人の意思ではない。
その動きだけで、彼女には十分だった。
「宰相。この印璽で、契約を移せるのですね」
「はい」
「ならば、契約を終わらせることもできる」
ざわめきが走った。
宰相が青ざめる。
「できません。王家の財産を失います」
「人を財産と呼ぶ国を、今日から私が継ぐと思った?」
セレスティアは印璽を戴冠の聖火へ投げ込んだ。
金が赤くなり、王家の紋が溶ける。光の鎖が激しく震え、ローデンの首筋で弾けた。
彼の肩から、目に見えない重みが落ちたようだった。
「命じます、殿下!」宰相が叫ぶ。「今すぐ別の印を――」
「命じない」
セレスティアは大広間の扉を開かせた。
「ローデン。あなたは自由です。私を恨んでいてもいい。王宮を去っても、敵国へ行っても、誰も追わせません」
騎士は立った。
初めて、自分の速さで。
彼は剣を帯びたまま諸侯の間を歩き、開いた扉を抜けた。
一歩、二歩、三歩。
白い外光の中で、その背が遠ざかる。
七歩目でローデンは止まった。
振り返り、もう一度だけ大広間へ戻る。
今度はひざまずかなかった。
玉座の横まで歩き、自分の盾を床へ立てた。
「王家には仕えません」
静かな声が広間を貫く。
「人を所有しないと宣言した、あなたの選択を守ります。これは命令ではなく、私からの申し出です」
セレスティアがうなずくと、盾は玉座の前ではなく、その隣に置かれた。