生前葬は定刻どおり
「その遺影、十五年前の写真でしょう」
鹿島田依子が指摘すると、棺の中の壬生泰造が目を開けた。
「死んでから若返るくらい許せ」
「参列者が別人の葬式だと思います」
「生前葬なんだから、本人確認はできる」
治療の見込みがない病を告げられた泰造は、七十一歳の誕生日に自分の葬式を開くことにした。会場は町民ホール。棺は葬儀社からの借り物。司会は、四十七年来の友人である依子が押しつけられた。
式次第を確認していた依子は、配布冊子の一文で手を止めた。
〈人生でいちばん愛した人――鹿島田依子〉
「これは削除」
「なぜ」
「本人の許可がない」
「死者の告白に許可が要るのか」
「まだ生きてます」
「だから今のうちに配る」
「返事を聞かなくて済むよう、葬式に紛れ込ませたんですね」
「四十七年黙った男に、急な勇気を求めるな」
依子は冊子で棺の縁を叩いた。
二人は同じ会社に勤め、同じ喫茶店で昼を食べ、互いの見合いを邪魔し合った。どちらも結婚しなかった理由を、仕事のせい、親の介護のせい、縁がなかったせいにしてきた。
「私はね、あなたの遺族席に勝手に座らされるのが嫌なんです」
「友人席でいい」
「もっと嫌です」
依子は棺の蓋を閉めかけ、泰造が慌てて手を挟んだ。
「痛い」
「生きている証拠です」
「何が言いたい」
「私も好きです。四十七年前から」
泰造は棺の中で固まった。
「もう一度」
「聞き逃した人には追加料金」
「余命割引は」
「ありません」
沈黙のあと、泰造が訊いた。
「残りを、付き合ってくれるか」
「介護は素人です」
「恋人も初心者だ」
「では週二回。水曜と土曜」
「少ない」
「四十七年待たせた罰です」
生前葬は予定どおり行われた。ただし冊子の一文は、依子が赤字で直した。
〈人生でいちばん愛している人〉
泰造はそれから九十四日生きた。
二人は映画を六本観て、海へ一度行き、喧嘩を十一回した。
本当の葬式で、依子は遺族席のいちばん端に座った。
弔辞の最後にこう言った。
「壬生さんは、生涯で一度だけ定刻に間に合いました。告白です。もっとも、四十七年遅れでしたが」
参列者が泣きながら笑った。
依子も笑った。
九十四日は短かった。
けれど、言わないまま終わった四十七年より、ずっと長く二人のものだった。