異常なしの確認範囲

 ストーカーから逃げるため、私は住所を誰にも知らせず、女性専用マンションへ移った。

 管理人は親切な人だった。

 事情を話すと、毎晩、防犯カメラと入退館記録を確認し、メールを送ってくれた。

〈二十三時巡回完了。異常なし〉

〈玄関前、非常階段、ベランダ側、異常なし〉

 ある朝、枕元に白い花が一輪置かれていた。

 窓も玄関も施錠したまま。管理人へ電話すると、すぐ部屋まで来て、鍵や換気口を調べてくれた。

「誰も入った記録はありません。寝ぼけてご自分で置いた可能性は?」

 私は花を買っていない。

 翌週、クローゼットの服がすべて色順に並べ替えられていた。

 その夜の報告には、こう書かれていた。

〈室内収納を含め、異常なし〉

 管理人は室内へ入っていないはずだった。

「収納をどうやって確認したんですか」

「言葉のあやです。建物全体という意味ですよ」

 私は試しに、誰にも言わずカーテンを裏返した。

 翌朝には元へ戻っていた。

 管理人から届いた報告の末尾には、

〈遮光面を室内側へ修正しました〉

 とあった。

 警察へ相談すると、建物の管理会社へ照会してくれた。

 このマンションの防犯契約は共用廊下と玄関だけで、室内センサーは設置されていない。夜間巡回も委託していないという。

「管理人さんが毎晩、確認しています」

 私が見せたメールを読み、警察官は顔を曇らせた。

「この物件に常駐管理人はいません」

 契約時に会った男の名刺は、三年前に退職した元社員のものだった。顔写真を見せてもらったが、別人だった。

 警察が到着するまで、部屋から出ずに待つよう言われた。

 私はチェーンを掛け、椅子を玄関へ寄せた。

 午前零時、いつもの報告が届いた。

〈室内確認完了。異常なし〉

〈本日は警察官二名が玄関前で待機中〉

 まだ警察は到着していない。

 廊下のカメラにも誰も映っていなかった。

 続けて写真が届いた。

 椅子を押さえ、スマートフォンを見ている私の後ろ姿だった。

 撮影位置は、部屋の中。

 天井近くから見下ろしている。

 最後のメールが来た。

〈確認中に居住者がこちらを向くと、異常ありとして処理します〉

 頭上の火災報知器から、小さなシャッター音がした。