白いワンピースの行き先
引っ越し用の段ボールに「衣類」と書いたところで、母が白いワンピースを持ってきた。
「これも入れなさい。顔合わせにちょうどいいから」
小春はガムテープを切る手を止めた。胸元に小さなレースが並び、腰には同じ布のリボンが付いている。二十歳の誕生日に母が選び、断れないまま着た服だった。写真の中の自分は、背筋だけきれいに伸びていた。
「持っていかない」
「まだ着られるでしょう。あなたは派手なものより、こういう清楚なのが似合うの」
「着られるかどうかじゃなくて、着ないの」
母はワンピースを箱の上へ置いた。
「新しい部屋の住所も書いて。荷物を送るから」
「必要なものは自分で買う」
「家族なのに、水くさい」
「家族だから、住所を知らなくても家族でいられるか試したい」
母の手が、リボンの結び目を直した。曲がっていないのに、何度も左右を引く。小春はその指先を見ているうちに、喉の奥にあった言葉が不思議と平らになっていくのを感じた。
「合鍵は作らない。突然来ても開けない。電話は出られるときだけ出る」
「そんな言い方、誰に教わったの」
「誰にも。今、私が決めた」
窓の外で配送トラックが止まり、バック音が一定の間隔で鳴った。母はワンピースを抱えたまま、部屋を見回した。壁には外した時計の丸い跡だけが残っている。
「捨てるの?」
「寄付する。欲しい人が着たほうがいい」
小春は別の小箱を出し、白いワンピースを受け取った。母は一瞬抵抗したが、やがて手を離した。布は思ったより軽かった。
畳まずに入れると、母が息をのんだ。
「しわになるわよ」
「向こうで、着る人が自分で直すよ」
小春は箱を閉じ、「寄付」と太い字で書いた。その隣の大箱には、新居へ持っていく黒いシャツや黄色い靴下が雑に詰まっている。どれも母の選ばなかった色だった。
玄関で母が靴を履き、最後に振り返る。
「住所、本当に教えないのね」
「落ち着いたら、近くの店で会おう。家じゃなくて」
母は返事の代わりに、ワンピースの箱の持ち手を補強するようガムテープを一枚貼った。
扉が閉まったあと、小春は新居行きの箱に「自分で開ける」と書き足した。