白い布は毒を喰う
迷宮第七層の扉が落ち、紫の毒霧が通路を満たした。
斥候は倒れ、剣士は膝をつき、回復術師ミレナの解毒魔法も一人分で尽きた。出口まで二百歩。全員を治して進む魔力はない。
「やっぱり、荷物持ち上がりじゃ役に立たないな」
半日前まで彼女を笑っていた隊長が、青ざめた唇でそう吐いた。ミレナは言い返さなかった。今必要なのは謝罪でも評価でもなく、ここにいる五人が吸える空気だ。
視界に初心者特典が浮かぶ。
《初回十連・未使用》
町で笑われるのが嫌で温存していたものだ。ミレナは迷わず実行した。
薬草九束と、白い布が一枚。布の表示はそっけない。
《しみ抜き布/落ちない汚れにお使いください》
「毒霧が、汚れなら」
ミレナは布を両手で広げた。ハンカチほどしかない。それでも通路の床へ置き、端を毒霧に触れさせる。
白布が、すう、と紫を吸った。
一息で布は黒ずみ、次の瞬間には畳二枚分へ広がった。霧が風に引かれるように集まり、壁の隙間から、鎧の継ぎ目から、仲間の肺からまで細い筋となって抜けていく。咳き込んだ斥候が息を吸い、剣士が立ち上がった。
最後の紫が消えると、布は元の大きさへ戻った。黒い染み一つない。
隊長が「貸せ、次の層でも使う」と手を伸ばす。
ミレナは布を拾い、自分の鞄へしまった。
「これは私の初回報酬です。あと、地上へ戻ったらパーティーを抜けます」
「待て。報酬は増やす」
「五人分の命より、先に私の取り分を減らした人とは組みません」
静かに言うと、倒れていた斥候がミレナの隣へ立った。剣士も無言で隊長から距離を取る。帰路の先頭を任されたミレナが扉へ手をかけたところで、鑑定結果が更新された。
地上へ向かう途中、ミレナは布を独占して先へ進まなかった。倒れていた者の呼吸を一人ずつ確かめ、最後尾を歩いた。以前なら雑用と呼ばれた仕事を、斥候と剣士が黙って手伝う。隊長だけが報酬の話を続けたが、返事をする者はいなかった。迷宮を出る頃には、新しい隊列が自然にできていた。先頭はミレナだった。
《唯一級〈世界を拭う聖布〉/浄化対象:あらゆる害意》