白銀契約を炉にくべて
北門鍛冶組合に持ち込まれた白銀の板には、一人の戦争人形の人生が刻まれていた。
《攻城兵ヴァルク。命令権者、グローデ侯爵家。違反時、心炉破砕》
その本人は工房の外で鎖につながれ、巨大な盾を背負っていた。侯爵家が没落し、債権者たちは板を競りにかけようとしている。
「板を買えば、あれは一生働くぞ」
組合長は鍛冶師ジュノーへ囁いた。
ジュノーが払ったのは、確かに板の代金だった。
ただし所有するためではない。
彼女は白銀板を炉床へ放り込んだ。
「何をする!」
債権者が叫ぶ。外でヴァルクの首筋が赤く光り、膝が石畳へ落ちた。契約板を損なえば心炉が砕ける、と刻まれている。
ジュノーは火箸で板を押さえた。
「この銀、契約文字だけ融点が低い。奴らは書き換えやすいよう、呪銀を薄く盛ったんだ」
ふいごを踏む。橙の炎が板を包み、侯爵家の名から先に溶けた。
《命令権者――》
空欄になった箇所へ、自分の名を刻めばよい。債権者はその瞬間を待った。
ジュノーはさらに火力を上げた。
所有者欄だけでなく、「違反」「破砕」「所有」の文字まで銀の雫となって流れ落ちる。
最後に残ったのは、ただの一枚の地金だった。
外で鎖の錠が弾けた。
ヴァルクは胸を押さえ、初めて自分の呼吸を確かめるように息を吐いた。許可なく吸った空気が胸に残っても、罰のひびは一つも走らなかった。
「命令権者を指定してください」
「もう欄がない」
「では、私は何を守れば」
「それも自分で決めろ」
ジュノーは工房の裏口を指した。北へ行けば国境、南へ行けば港だ。
ヴァルクは盾を背負ったまま北へ歩き去った。
三日後、暴風で工房の煙突が折れた。ジュノーが一人で支柱を立てようとしていると、巨大な盾が風上へ突き立った。
戻ってきたヴァルクが、盾で風を受け止めていた。
「北も南も見ました」
「それで?」
「守る場所は、命令されるより選ぶほうが難しい。だから最初は、火をくれたこの炉にします」
彼は白銀板だった地金を金床へ置き、ジュノーの槌を待たず、自分の盾の紋章を削り落とした。