百円玉の避難場所
ぼくは、借金というのは夜に家へ来る動物だと思っていた。
母が電話で「今月も待ってください」と言うと、玄関の外で大きな口を開ける。父が封筒を隠すと、封筒の中で爪を研ぐ。
父がけがで働けなかった三か月、家賃と病院代がたまった。
「子どもは気にしなくていい」
大人はそう言った。
気にするなと言われるほど、動物は大きくなった。
ぼくは机の引き出しへ百円玉を集めた。お年玉の残り、祖母にもらった買い物のおつり、落とした乳歯を枕の下に置いて得た百円。
十二枚になった日、封筒へ入れて母の鞄へ隠した。
翌朝、母は仕事へ行かず、ぼくの前に封筒を置いた。
「これは何?」
「借金に食べさせる」
母は笑わなかった。
「誰から聞いたの」
「聞いてない。ドアの向こうにいる」
父が松葉杖で食卓まで来た。二人は顔を見合わせ、それから家計簿を開いた。
「借金は、これ」
紙には数字が並んでいた。家賃、治療費、毎月返す額。怖い動物ではなく、ただの黒い文字だった。線で囲むと、終わりの場所まで見えた。
「ぼくの百円で減る?」
「減る。でも、使わない」
「どうして」
「これは大人の宿題だから」
父は十二枚をぼくの手へ戻した。
「家族なのに?」
「家族だから、仕事を分ける。お父さんたちは返す。君は、怖いときに怖いと言う」
ぼくは納得できず、泣いた。
「それ、何もしてない」
母は家計簿の余白へ書いた。
〈今夜、三人でよく眠る〉
「これも暮らしの仕事。借金のために、家族全部をやめないこと」
それから毎週日曜、三人で数字を見た。減った月は丸をつけ、減らない月も紙を閉じなかった。
父が仕事へ戻り、母の電話の声が少しずつ短くなった。
一年後、最後の支払いをした夜、ぼくは百円玉十二枚で小さなケーキを買った。
「借金に食べさせるんじゃなかったの?」
父が聞いた。
「家族に食べさせる」
三人で切るには小さすぎて、形は崩れた。
でもその夜から、借金の動物は玄関へ来なくなった。
数字を見せてもらった日から、本当はいなくなり始めていたのだと思う。