百合冠に棘を足した者

春告げの夜会で、聖女ロザリンが冠を投げ捨てた。

 白百合の輪から黒い棘が一本突き出し、彼女の額には赤い雫が浮かんでいる。

「この花冠はミレーヌ様から贈られたものです」

 震える声に、第二王子ジュストは即座にミレーヌを指した。

「聖女の祝福を妬み、呪棘を忍ばせたな。オルフェット家との婚約は今ここで破棄する!」

 招待客たちが距離を取る。ミレーヌは傷ついた顔を一瞬だけ見せたが、すぐに花冠の落ちた位置を確かめた。

「私が注文した品であることは認めます。花卉商会主を呼んでいただけますか」

「商人を買収してあるのか」

「契約を確認するだけです」

 人垣から、緑の正装を着たベアータが進み出た。王都最大の花卉商会を束ねる女性であり、ミレーヌに商談の読み方を教えた唯一の師でもある。

 彼女が掲げたのは一枚の納品契約書だった。

 魔法羊皮紙には、品物を受け取った者が加工するたび、その指紋と変更内容が追記される。最初の記録は「白百合十二輪、棘なし」。次の記録には、ロザリンの金色の指紋とともに「黒茨一本を内側へ挿入」と鮮明に残っていた。

「契約書は花より口が堅いものでございます」

 ベアータは微笑んだ。それ以上の証拠は出さない。

 ロザリンの震えが止まり、代わりに顔がこわばった。ジュストは契約書を奪おうとしたが、文字は広間の空中へ転写されている。

「聖女には事情があったはずだ。ミレーヌ、君も大事にはしたくないだろう。婚約破棄はなかったことにする」

「殿下は、私の名誉を値切れる商品とお考えですのね」

 ミレーヌは落ちた花冠を拾い、黒い棘だけを抜いた。

「返品はいたしません。壊れた契約を、店頭へ戻す趣味もございませんから」

 ベアータが堪えきれず小さく笑い、商会印のついた手袋を外して手を差し出した。

「南市場に新しい支店を出します。共同経営者の席が一つ空いておりますが、買いますか」

「いいえ」とミレーヌはジュストへ背を向けた。「私の働きで、手に入れます」

 そう言って、彼女はベアータの手を取った。