百年分の罪状
百一件目の罪状が読み上げられたとき、ミレーネは小さく笑った。
雨は神殿広場を銀色に濡らし、処刑台の周囲だけが聖油の匂いでむせ返っていた。罪状の巻物は階段の下まで垂れ、信徒たちはその長さを罪の重さだと教えられている。
「私、百年前はまだこの国にいなかったわ」
大神官オルバスは巻物を閉じた。処刑台を囲む信徒たちに、余計な疑いを持たせたくなかったのだろう。
「魔女の言葉に耳を貸すな。歳を取らぬことこそ、最大の罪である」
ミレーネの両手は銀鎖で柱に縛られていた。白い髪も、二十歳ほどの顔も、雨に濡れている。彼女が疫病薬を無償で配った事実は、罪状のどこにもなかった。薬の販売権を持つ神殿には、不都合だったからだ。
広場の端には、赤熱病のとき彼女から薬を受け取った老人がいた。隣の孫娘は、神殿で買った薬の借金をまだ返している。二人とも声を上げられず、濡れた帽子を握っていた。
オルバスが杖を掲げる。
「浄火」
薪に青い炎が走った。火は瞬く間に柱を包み、処刑台の屋根まで噴き上がった。熱に押され、前列の信徒が後ずさる。銀鎖が赤くなり、木材が黒く崩れた。
やがて火勢が落ちる。
焼け落ちた柱の中で、ミレーネは立っていた。拘束だけが溶け、彼女は両手を前で重ねている。火を放つ前と同じ、静かな姿勢だった。白い髪の先にすら焦げ跡はない。
群衆の祈りが止まった。
火刑台を調べた助祭が、炭を掴んで悲鳴を上げる。柱は指で崩れるほど焼け、銀鎖も床へ溶けていた。炎が弱かったという言い訳だけは、誰にもできなかった。
オルバスは杖を握り直した。
「邪法だ。ならば天の光で消し去る!」
雲が割れ、昼より白い光柱が落ちた。石造りの処刑台が沈み、広場の窓という窓が震える。眩しさが消えても、砂塵は長く空に残った。
その中央に、ミレーネは立っていた。
同じように両手を重ね、ただオルバスを見ている。
「その光、三十年前に私が神殿へ教えた術よ」
神殿正面の古い壁画には、光の術を献じる白髪の娘が描かれていた。雨に洗われたその顔と、処刑台のミレーネの顔が、初めて同じに見えた。
大神官の口が開いたまま閉じない。
ミレーネは一歩も進んでいない。怒鳴りもしない。ただ、傷一つない指で銀鎖の残骸を拾った。
その瞬間、オルバスが初めて一歩退いた。