皮を残す肉じゃが

三枝麻琴の部屋へ、母が肉じゃがを置いていった。

鍋ではなく、白い保存容器に一人分。電話には「公務員試験、お疲れさま」とだけ届いている。麻琴は三回目の不合格を、まだ伝えていなかった。次も受けるつもりだと、家族は思っている。

けれど机の引き出しには、家具工房の見習い契約書がある。給料は下がり、通勤は遠くなる。祖父が公務員、父も公務員の家で、木を削って暮らしたいとは言えなかった。

祖母だけは、麻琴が壊れた椅子を直すところを見ると、「机に座るより似合う手だ」と笑った。けれど祖母は昨冬亡くなり、その言葉を家族の前で証言してくれる人はいない。麻琴自身も、祖母を言い訳にして選ぶのは違うと思っていた。

容器を温めると、醤油と玉ねぎの甘い香りが立った。祖母の肉じゃがは、じゃがいもの皮を一筋だけ残す。母はそれを忠実に守り、楕円の芋それぞれに細い茶色の線をつけていた。

麻琴は子どものころ、その皮だけを箸で剥がして皿の端へ並べた。祖母は注意せず、自分の箸で回収した。

今夜も一個目の皮へ箸を入れかけ、やめた。皮ごとかじる。表面はわずかにざらつき、中は熱く崩れた。きれいに剥いた芋より、形が残っている気がした。

二個目も皮ごと食べた。三個目を半分に割り、片方だけ口へ運ぶ。

母からもう一通来た。

〈次の申込書、実家に届いてるよ〉

麻琴は返事を書いては消した。落ちたことより、次を受けないことのほうが、親を失望させると思っている自分が苦しかった。

祖母のレシピ帳を開く。材料の脇に、母の若い字で質問がある。

〈どうして皮を残すの〉

祖母の返事は一行だった。

〈煮崩れそうな芋にだけ〉

麻琴は笑いそうになり、少し泣いた。器の温度が手のひらへ移るまで、残した半分を見つめた。

それを保存容器へ戻し、見習い契約書を畳んで蓋の上へ置く。母の家まで歩けば十五分だ。試験の申込書を破るためではなく、母が大切にしてきた将来と、自分が選びたい将来を同じ食卓へ置くために行く。契約書の裏には、家具工房で最初に直す古い学習机の写真も挟んだ。

玄関を出る前、麻琴はメッセージを送った。

〈肉じゃが、半分だけ残した。話を聞いて〉

不合格通知は持たなかった。今夜見せるのは、残した皮のほうだった。