皮目の金曜日
宗像朔が店へ入ったとき、金曜日はあと二十分しか残っていなかった。
新規サービスの企画会議で、三か月かけた案を部長が褒めた。褒められたのは、朔ではなく先輩の名前だった。先輩が説明に使った資料は、朔の試作画面とほとんど同じだったが、会議の場で声を上げることはできなかった。先月、相談に乗ってほしいと共有したとき、先輩は「面白いね」と言った。その言葉まで、今は借り物に思えた。
帰りの電車では、社内チャットに何度も文章を打った。
あの案は私が作りました。
ログを確認してください。
送信するたびに、負け惜しみに見える気がして消した。黙っていれば波風は立たない。その代わり、次の会議でも先輩の後ろに自分の仕事が隠れる。
小さな居酒屋には、朔しかいなかった。店主が冷蔵ケースを指し、朔は鯖の塩焼きを選んだ。
網に載せられた鯖の皮が、ぱち、と弾けた。脂が炭へ落ち、青い煙と一緒に香ばしい匂いが上がる。皿へ移された半身は皮目が金色に縮れ、箸を入れると湯気が白い身の間から逃げた。
皮は思った以上に硬く、歯を立てると小さく割れた。その下の身は柔らかく、塩気の奥に脂の甘さがあった。
「表だけだと、焦げたように見えますね」
朔が言うと、店主は網を拭きながら答えた。
「裏まで焼けてます」
説得するような口調ではなかった。
朔はスマートフォンで、自分が作った試作ファイルの更新履歴を開いた。最初の画面を保存した日、先輩へ共有した日、修正を頼まれた日。時間は全部残っている。
チャットで勝ち負けを決める必要はない。月曜の朝、上司との一対一の面談を十五分だけ入れよう。先輩を盗人と呼ぶのではなく、履歴を見せて、今後の担当範囲を確認する。それでも評価が変わらないなら、異動希望に書く理由が一つ増えるだけだ。
部長の言葉は戻らない。先輩との関係も、たぶん今までどおりにはならない。
朔は焦げた尾の近くまで箸を進めた。最後の皮は少し苦く、その直後に脂の熱が舌へ広がった。金曜日が終わっても、その二つの味だけは消えずに残った。