相続した人の番
日下部由良は、義父の葬儀で焼香の列から外された。
「家のことは実の娘が継ぐから」
義母の比佐江は、長女の智郷へ自宅と預金を譲り、由良には形見の一つも触らせなかった。夫の寛也は「母さんが決めたことだ」と言うだけだった。
二年後、比佐江が転倒して大腿骨を折った。
退院の日、智郷は母を乗せた介護タクシーを由良の家の前へ止めた。後部には車椅子、紙おむつ、衣装ケースが積まれている。
「今日からお願いね」
智郷は玄関へ荷物を運ばせながら笑った。
「私は店が忙しいし、寛也は男でしょう。こういうことはお嫁さんの方が向いてるから」
比佐江も当然のように言う。
「部屋は一階を空けて。夜中に呼んだらすぐ来られるようにね」
由良は玄関を開けず、門前の男性に一礼した。待っていたのは、比佐江が自宅を智郷へ譲る際に契約を作成した司法書士だった。
彼が公正証書の写しを読み上げる。
「受贈者・日下部智郷は、本件不動産および預金の贈与を受ける対価として、贈与者・比佐江の住居、療養、介護に要する費用と手配を終身負担する」
智郷の笑顔が消えた。
「そんなの、親孝行するっていう意味で書いただけよ」
「その約束があったから、他の相続人は遺留分の請求を見送ったんです」
由良は答えた。
「財産は欲しい。でも介護だけ嫁へ、は通りません」
寛也が小声で頼んだ。
「由良、少しだけ助けてくれ。姉さんの家は階段が多いんだ」
「私の家にも、あなたたちが上がっていい階段はありません」
司法書士は、智郷が義務を果たさない場合には贈与解除と財産返還の請求が検討されると告げた。介護タクシーの運転手が、行き先を確認する。
智郷は唇を震わせた。
「とりあえず施設へ。契約者は寛也でいいでしょう」
施設の相談員が首を振った。
「費用負担者は、公正証書に従い智郷様で承っています」
運転手は端末の目的地を、由良宅から智郷の住所へ変更した。