真珠は鏡の中に

仮面夜会の終盤、すべての燭台が白く燃え上がった。

「ネフィラ・オルタンス。盗人を王家へ迎えることはできない。婚約を破棄する」

 第二王子ブランデルが指さした先で、令嬢ソレイアは涙をぬぐっていた。彼女の首を飾るはずだった月真珠が、ネフィラの肩掛けから転がり落ちたのだ。

「わたくしは、触れておりません」

「では真珠が歩いたとでも?」

 笑いが起きかけた。

 ネフィラは床の真珠を拾わず、会場の奥にある大鏡へ目を向けた。夜会の主催者、女大公ハシュリアが一人、その前に座っている。

「殿下。告発は、月真珠を盗んだという一点でよろしいですね」

「無論だ。現物まで出た」

「では、鏡に尋ねましょう」

 ざわめきが止まる。

 大鏡《最初の顔》は、最後に映した「隠された手つき」を一度だけ再生する古代遺物だった。使用権を持つのはハシュリアのみ。女大公は長い煙管を置き、ネフィラを見つめた。

「一度きりよ。真実があなたに不利でも、止められない」

「承知しております」

 ハシュリアが鏡面へ指を触れる。

 銀色の波紋が広がり、数分前の光景が浮かんだ。ネフィラが楽団へ礼をしている背後から、ソレイアが近づく。抱擁するふりで肩掛けを持ち上げ、その内側へ月真珠を滑らせた。

 映像はそこで消えた。

 ソレイアは一歩退き、ブランデルは鏡と彼女を交互に見た。

「ソレイア……これは」

「殿下に、彼女の本性を分かっていただきたくて」

「黙れ!」

 王子の怒声に、ネフィラはわずかに眉を上げた。つい先ほどまで自分へ向いていた声だ。

「ネフィラ、誤解だった。君の潔白は証明された。婚約破棄はなかったことに――」

「鏡が映したのは、ソレイア様の手だけではありません」

 ネフィラは静かに言う。

「証拠を見る前に、わたくしを盗人と決めた殿下のお顔も、わたくしは見ました」

 ブランデルの口が閉じた。

 ハシュリアが立ち上がる。王より広い交易領を治め、後継者だけがいない女大公は、階段を一段ずつ下りてきた。

「私の宮廷では、落とされた真珠より、拾わなかった誇りのほうが高い。来る?」

 差し出された手は、王子のもとへ戻るための橋ではなかった。

 ネフィラは真珠を床に残したままブランデルに背を向け、ハシュリアの手を取った。