瞳の中の撮影者

神代瀬那は、十二年前のMVを高解像度化する仕事を引き受けた。

校舎の屋上で、制服姿の少年が空へ歌う映像だった。少年役は、公開直後に失踪した瀬那の弟だ。警察は家出と判断し、制作会社は「撮影後のことは知らない」と答えた。父は弟の部屋を翌週には片づけ、出演料の話を一度もしなかった。瀬那だけが、机に残った片方のコンタクトレンズを捨てられずにいた。瀬那は弟の最後の姿を滑らかにするため、荒れた映像へ補間処理をかけた。

イントロの風が鳴る。弟は手すりから振り返り、歌詞とは違う口の動きをした。

「こっちを見て」

瀬那は画面中央へ顔を近づけた。弟の頬、制服の校章、風に乱れる前髪。何度見ても、助けを求める傷はない。Aメロで弟は一度だけ右目を閉じ、レンズを指した。補間AIはその瞬間を「瞬きの乱れ」と判定し、勝手に消そうとする。

瀬那は補正を切った。

二度目のサビ前、弟の瞳に白い四角が映った。撮影用のレフ板ではない。人の顔ほどの大きさで、黒い点が二つある。弟は笑っているのに、唇だけがまた動く。

「こっちを見て」

瀬那は瞳を拡大した。画素の塊がほどけ、レンズの反対側が浮かぶ。カメラを構える監督、その背後に立つ父。父は弟の肩をつかみ、封筒を差し出した制作スタッフへ何か怒鳴っていた。家では「弟が勝手に芸能界へ憧れた」と泣いていた父が、撮影現場にいた。

曲は最後のサビへ入る。弟がレンズへ近づき、瞳いっぱいに撮影者を映す。白い四角だと思ったものは、父が胸元へ付けていた小型カメラだった。そこに残った時刻と機器番号が、画面上へ自動表示される。会社の倉庫で後日押収された、身元不明の録画装置と一致した。

最後の一音で弟は自分を指ささず、カメラのこちら側を指した。

「こっちを見て」

弟をもっとよく見てほしい、という願いではなかった。失踪した少年ばかりを探すな。彼を連れ去った者は、最初から画面のこちら側に立っていたのだ。

瀬那は父へ電話をせず、機器番号と映像を捜査担当者へ送った。弟の瞳から、父の顔だけが逃げ場を失った。