破れた召喚陣の外側で
リディアの召喚獣は、試験場ではなく天井を壊して現れた。
本来なら掌ほどの光鳥を呼ぶ課題だった。ところが魔法陣から飛び出したのは、翼幅五メートルの雷鷲。教官席を吹き飛ばし、学院塔の屋根に大穴を開け、最後はリディアの「帰って」の一声で霧散した。
けが人はいない。だが実技試験は零点。修繕費は目を疑う額だった。廊下では上級生たちが「また暴走持ちか」と囁き、壊れた鐘楼からは石粉が雪のように落ちている。リディアは自分の手に残る焦げ跡を、袖の中へ隠した。
「退学届は明日でも出せる」
教官の言葉に頷き、リディアは共同研究室へ戻った。孤児院でも、魔力を暴走させた翌日に荷物を門外へ置かれた。学院でできた三人の友人も、今度こそ愛想を尽かすだろう。
机を片づけ、借りていた本を積む。三人からもらった栞や羽根ペンまで、持ち主別に返す袋へ入れた。仲良くなった分だけ、捨てられたときに痛む。ならば先に離れたほうがいい。
そこへ剣術科のカイルが入ってきた。彼は彼女の机へ自分の騎士剣を置いた。
「雷鷲がまた出たら、俺が前に立つ。だから保管しておけ」
「私、退学になるかもしれないよ」
「剣は退学届を読まない」
次に錬金科のノアールが、大穴の開いた天井から落ちた瓦片を机へ並べた。すでに破損箇所ごとに番号が振られている。
「修繕費、素材費だけなら十分の一だ。僕の工房を使えばいい。君は魔力を出す係」
最後に貴族科のベルンが現れた。彼はいつも乗る迎えの馬車へ手を上げ、御者を帰してしまう。
「今日から歩いて帰る。君の寮まで遠回りになるが」
リディアは三人を見回した。慰めの言葉は一つもない。失敗した事実も、弁償が必要なことも変わらない。
「修理が終わっても、私の召喚が直る保証はない。次は本当に誰かを傷つけるかもしれない」
三人は、それでも動かなかった。
「また、見捨てられると思ってた」
声が勝手に震えた。
カイルは剣から手を離した。ノアールは瓦片の一番上に修理計画書を置いた。ベルンは研究室の隣の席へ鞄を移し、「ここ、空いているな」と椅子を引いた。返却用の袋から自分の羽根ペンを取り出し、リディアの手へ戻す。
破れた天井から朝の光が差し込む。
その光の外へ出ていく者は、一人もいなかった。