社長の月額三万円
経理部の倉成彗は、資料室の前で社長の声を聞いた。
「家内には絶対言えない。毎月三万円、あの子に渡している」
財務部長が低く答える。
「もう三年ですね」
「大きくなるまで、私が責任を持つ」
彗は書類棚の陰で息を止めた。
社長には成人した息子が一人いる。ならば「あの子」は、表に出せないもう一人の子どもに違いない。
昼休み、彗は同期二人へ打ち明けた。
「隠し子だ」
「三万円じゃ養育費として少なくない?」
「現金以外にも渡してるんだよ」
「何を?」
「愛情」
「経理が計上できない項目を足すな」
三人は会話の続きを盗み聞いた。
財務部長が言う。
「来月から食費が上がります」
「仕方ない。毛並みを保つには必要だ」
「健康診断も」
「良い医者を頼む」
「奥様が知ったら?」
「新婚旅行の一件以来、あの種類を見るだけで怒る」
同期が彗の腕をつかんだ。
「毛深い隠し子?」
「比喩かもしれない」
「“あの種類”って何」
「社長の一族に、何か秘密の血が」
「会社の噂を伝奇小説にするな」
話は人事部へ伝わり、なぜか社長の退任後を心配する会議に発展した。
「認知請求が来た場合の対応は?」
「広報文を準備する?」
「社名へ影響が」
彗は責任を感じた。
「まだ本人確認もしていません」
人事部長が言う。
「では穏便に確かめましょう。社長へ“お子様はお元気ですか”と」
「正妻の子の話だと思われます」
「“毛並みは”と付ける?」
「穏便さが死にます」
その日の夕方、社長が全社員を屋上へ呼んだ。
「長く秘密にしてきたが、もう隠せない」
社員たちが息をのむ。扉の向こうから飼育員が現れ、その後ろを白いアルパカが歩いてきた。
首札には〈サダハル 針尾周蔵様ご支援〉。
社長は照れくさそうに言った。
「動物園の里親制度だ。家内は新婚旅行でアルパカに唾をかけられて以来、名前も聞きたがらない」
財務部長が封筒を配った。
「来月、サダハルが成獣になります。記念見学会です」
彗は三万円の仕訳を見直した。
隠し子ではなく、隠し毛だった。