祝福薬に残った声

公爵令嬢の快癒を祝う席で、宮廷錬金師ベルクス・ダインは、紫色の小瓶を高く掲げた。

「呪熱を一晩で鎮めた祝福薬です。配合を思いついたのは、もちろん私です」

客たちが感嘆する。工房の隅に立たされた助手イオナ・フェルスへ、ベルクスはわざと聞こえる声で付け足した。

「この娘は瓶を洗っただけですが、恩賞に同席させてやりました」

イオナの爪には、三日三晩すり潰した月白草の色がまだ残っていた。だが彼女は抗議せず、卓上の通信結晶を見た。工房から運ばれたまま、淡い赤で明滅している。

公爵が尋ねた。

「その薬を、今ここでも調合できるか」

「容易いことです」

ベルクスは用意された材料を混ぜた。ところが液は灰色に濁り、鼻を刺す煙を上げた。彼は咳き込みながら、イオナを指さす。

「材料が違う! この助手が細工したに決まっている!」

「でしたら、工房での指示を確認しましょう」

公爵家の侍従が通信結晶へ触れた。ベルクス自身が、昨夜、記録停止の符号を押し忘れていたのだ。結晶から、彼の声が鮮明に流れた。

『イオナ、成功した瓶だけ私の棚へ移せ。処方箋からおまえの名を消して、私の印を押しておけ』

続いて、イオナの静かな声。

『配合をお尋ねにならないのですか』

『明日の席で瓶を見せるだけだ。中身など誰にも分からん』

ベルクスの顔から血の気が引いた。

「私の声に似せた偽物だ!」

彼は自ら結晶をつかみ、所有者照合の符へ親指を押しつけた。赤い光が金へ変わる。

――発話者、ベルクス・ダイン。改変なし。

偽物だと否定するための照合が、最後の逃げ道まで塞いだ。

イオナは初めて卓へ進み、灰色の失敗薬へ月白草を一枚だけ加えた。液は澄んだ紫へ戻り、令嬢が小さく息をのむ。長い講釈は要らなかった。

快癒した令嬢が席を立ち、成功瓶をイオナへ返した。瓶の底では、最初に薬を完成させた者を示す小さな花紋が、彼女の掌にだけ反応して開いている。客たちは、ベルクスではなく、紫の光を受ける助手へ向き直った。

錬金術師ギルド長が、すでに届いていた黒縁の紙を開く。

「ベルクス・ダイン。処方盗用および虚偽申告により、宮廷錬金師資格を永久剥奪する」