空を一杯だけ傾ける
雨を呼べなかった聖務官シェラハは、教会から錆びた如雨露と乾いた土地を押しつけられた。
「祈っても降らない女には、手で水を運ぶ仕事がお似合いです」
如雨露の底には小さく《雲汲み》と彫られていた。聖具目録では最低級。空から水を一杯だけ集める。洪水も起こせず、軍の行軍にも役立たない。
シェラハは空を見上げた。雲は羊の毛ほどしかない。
それでも初日に欲しいのは、豆を植えた一列分だけだ。
取っ手を握ると、如雨露の口が青く光った。細い風が畑を撫で、遠くの谷に浮いていた白雲から、銀の糸が一本ずつ引かれてくる。空を丸ごと従わせるのではない。散りかけた湿り気を、こぼさず集める魔法だった。
やがて如雨露は、ずしりと重くなった。
傾ける。穴から落ちた水は激しく跳ねず、種の真上にだけ丸い染みを作った。一歩ずつ進むたび、乾き切った土が息をつく。土埃の匂いが消え、代わりに湿った大地の甘い香りが立った。
最後の株へ水を注ぐと、如雨露は空になった。ちょうど一列。多すぎず、少なすぎない。
王都では、雨は広場全体へ降らせて初めて奇跡と呼ばれた。降りすぎれば洪水、足りなければ無能。祈りのたび、空より先に人の顔色を見ていた。
だが、この一列の豆は誰とも比べない。種の上には小さな水玉が残り、夕光を一つずつ抱いていた。シェラハは指で土を押さえ、その冷たさを確かめた。
夕方、シェラハは残った水滴を鍋へ振り入れ、押し麦と豆のスープを煮た。蓋の隙間から白い湯気が上がるころ、教会の使者が青い房飾りの手紙を持ってきた。
「大司教猊下がお呼びです。北区の貯水槽が枯れました」
使者は、当然すぐ読むものと思っている。
シェラハは手紙を受け取り、封を切らずに壁の釘へ掛けた。その下には、濡れた如雨露が静かに光っている。
「一杯だけなら、もう使いました」
鍋の中で豆がことりと踊った。
彼女は椀を満たし、初めて自分のために集めた雲の味を、熱いうちに口へ運んだ。豆の列には、まだ小さな水玉が光っていた。