空席ひとつで破談

ヴィネッサが実家を追い出された翌日、ロデガル伯爵家では王都からの縁談使節を迎える晩餐会が開かれた。

「席札を並べるだけの娘など、家に置く価値はない」

兄ロデガルはそう断じ、自分で大広間の席順を決めた。侯爵家の使者を父の右、教会代表を左。宝石商は末席。空いた一席には、遅れて来た北方騎士を座らせた。

乾杯の前に、使者の顔から笑みが消えた。

北方騎士の背後に掛かっていたのは、二十年前に侯爵家の嫡男を討った伯爵家の戦勝旗だった。さらに教会代表と宝石商は、聖杯の所有権を巡って訴訟中。二人は一言も交わさず、侯爵家の使者は「この婚姻は敵意の表明と理解する」と席を立った。

料理は一皿も運ばれなかった。

ロデガルは慌てて旗を外させたが、今度は北方騎士が侮辱だと怒った。空席を埋めれば済むと思っていた一つの椅子が、三家の確執を同じ卓へ集めていた。

昨日まで席札を作っていたヴィネッサは、客の爵位だけを見ていたのではない。婚姻、喪中、決闘歴、宗派、同席を避ける相手を一枚ずつ色分けし、誰も恥をかかない配置を組んでいた。兄はその帳面を「女の噂話」と暖炉へ投げ込んでいた。

使節が退出すると、婚礼契約の保証人だった二家まで印章を引き上げた。仕込み済みの百人分の料理は行き場を失い、楽師は一音も奏でず帰る。伯爵家は破談だけでなく、「客の古傷を宴の飾りに使う家」という評判まで一夜で得た。

ロデガルは焼け残った帳面の端を拾った。そこには席ではなく、誰がどの扉から入れば旗を見ずに済むかまで書かれていた。ヴィネッサが並べていたのは椅子ではない。互いの面目が衝突しない距離だった。

その頃ヴィネッサは、国境都市の議事堂で、十年争った牧羊民と染色職人を同じ会議へ座らせていた。

両者の間には、あえて一つだけ空席がある。

「ここは、まだ決まっていない共同倉庫の責任者の席です」

空席を奪い合うのではなく、誰を座らせるか話すうちに、二つの組合は倉庫を共同運営することで合意した。議長アシュネは感嘆し、ヴィネッサへ礼法係ではなく政務参謀の印章を渡した。

夜、伯爵家の早馬が届いた。破談を撤回させる席順を考えろ、帰れば相続権も戻す、と兄の命令が記されている。

ヴィネッサは新しい印章で封蝋を押した。

「家籍と雇用の契約は、昨日の勘当状によって終了しております」