空席を売る朝
午前九時、ホテルの宴会営業・伏見遼に、百八十名の同窓会を今月末に入れたいと電話が来た。
その日は大宴会場に結婚披露宴の仮押さえが入っていた。昼の婚礼が決まれば、夜の同窓会は設営が間に合わない。営業部長は「婚礼が落ちたら取れる。とりあえず待たせろ」と小声で言った。
遼は宴席台帳を閉じ、同窓会幹事に参加者の年齢を聞いた。卒業五十周年。八割が七十歳を超え、うち十二人は杖を使うという。
「大宴会場でなくてもよろしいですか」
「百八十人入るなら」
遼は二つの中宴会場をつなぐ案を持って、館内を歩いた。図面上は収容できる。しかし可動壁を開けると、中央にわずかな段差が残る。そこへ丸卓を詰めれば、乾杯の最中に転倒者が出る。
彼は客室清掃の台車が使う裏廊下を測り、朝食会場のテーブルを午後から移す手順に変えた。海側のレストランなら段差がなく、厨房も同じ階にある。会場の稼働率だけ見れば宴会場を埋めた方がよいが、配膳距離と救護動線まで含めればレストランの方が安全だった。
問題は、店が通常営業を断る損失だった。
遼は幹事に歩行速度の遅い参加者を入口側へ固めないよう提案した。開会直前に人が集中すれば、エレベーター前まで列が延びる。受付を二か所に分け、名札を五十音順ではなく卒業組別にした。会場を取るだけでは宴会は始まらない。
遼は同窓会の開始を一時間早め、終了後に遅いディナーを再開する案を出した。幹事には窓際席を追加料金なしで約束し、料理長には献立を宴会用に絞って仕込みを共通化してもらった。
「空席を売るのが営業だと思っていた」
部長が予約票を見て言った。
「空席にする時間まで売ります」
午後四時、幹事から正式決定の連絡が入った。その直後、仮押さえ中の婚礼も成約した。
遼が二つの予約を台帳に書き込むと、フロントから内線が鳴った。
「明朝六時、急な記者会見で会場を探しているお客様です」
窓の外では、まだ今日の披露宴の写真撮影が続いていた。