空床Bの入院手続き
【第七病棟 夜勤申し送り】
記録者:千々石鞠奈
担当日:十月十六日
二十二時、七一六号室A床の灰谷ミネ様、消灯後も覚醒。
「隣の人が苦しそう」と訴える。
同室B床は空床。
リネン交換済み。酸素、吸引設備とも未使用。
二十三時十二分、B床のナースコール点灯。
訪室するが、異常なし。
呼び出しボタンは枕元に置かれたまま。
零時四分、再度点灯。
インターホン越しに女性の声。
『入院の手続きをお願いします』
氏名を尋ねると、
『先に、受け付ける方のお名前を』
と返答あり。
当直師長へ連絡。師長は「B床からの呼び出しには名前を答えず、電源を切るように」と指示。理由を尋ねたが回答なし。
一時三十分、灰谷様が廊下へ出てくる。
「隣の人が、看護師さんを呼んでいる。ずっとフルネームを尋ねている」
灰谷様をA床へ戻す。
B床のシーツ中央に、人が横になったようなくぼみを認める。触れると冷たい。
二時十三分、三度目の呼び出し。
『担当者のお名前を確認できれば、入院を確定します』
無視して切断。
二時二十分、院内PHSへ非通知着信。
同じ女性の声で、
『お名前が分からないと、空床のままです』
と繰り返す。
二時四十六分、灰谷様が呼吸苦を訴える。
酸素投与のため訪室すると、B床のカーテンが閉まっている。内側から咳が聞こえた。
「どなたですか」
問いかけると、
『あなたは?』
と返された。
動揺し、反射的に「夜勤担当の千々石鞠奈です」と回答。
二時四十七分、B床ナースコール消灯。
三時、ベッド管理画面を確認。
七一六号室B床に新規入院登録あり。
患者氏名:千々石鞠奈
入院時刻:二時四十七分
主病名:夜勤
退院予定:なし
削除操作を行ったが、職員権限では変更不可。
三時十分、職員名簿から自分の名前が消えていることを確認。
当直師長へ電話したところ、「今夜は千々石という職員は勤務していない」と回答された。
三時二十分、B床のカーテン内から、自分のPHSの着信音が聞こえる。
この記録を読んだ方へ。
カーテンは開けないでください。
先ほどからB床の患者が、私の声で「交代の看護師さんは、どなたですか」と尋ねています。