窓の代わりの声

 中学へ通うバスで、いつも隣に座る人がいた。

 顔は知らない。私は生まれたときから目が見えない。ただ、古い革鞄の匂いと、少しかすれた声を覚えている。

「今日はパン屋の煙が、雲に届きそうだ」

「河原に黄色い花が増えた」

「前の車の犬が、後ろ向きにくしゃみをした」

 頼んだことはなかった。

 最初は返事もしなかった。知らない人に景色を説明されるのが、かわいそうだと言われているようで嫌だった。

 けれど、その人の話すものは妙だった。桜や夕焼けより、片方だけの軍手、寝癖のひどい会社員、信号待ちで踊る幼児。私が笑うと、声も少し笑った。

「見えるって、そんなものばかりなんですか」

「大事なものばかり見ていたら、疲れるからね」

 高校受験の日も、その人は隣にいた。

「雪ですか」

「まだ降っていない。でも、空が降る準備をしている」

 その言葉を面接で話した。見えない私にも、空の変化を教えてくれる人がいる。だから私も、誰かに伝わる言葉を学びたい、と。

 春、合格通知を持ってバスに乗った。

 隣の席は空いていた。

 次の日も、その次の日も。

 運転手に尋ねたが、毎朝同じ停留所から乗る年配の客、ということしか分からなかった。名前も、どこで降りていたかも覚えていないという。

 私は合格したことを伝えられなかった。

 それから十五年たち、私はラジオ局で朝の番組を担当している。

 ニュースのあと、窓辺の担当者から届くメモを読む。

「今朝はパン屋の煙が低く、雨の近い空です。駅前では、赤い傘の子が水たまりを全部踏んでいます」

 ある日、点字の手紙が届いた。

〈窓のない病室で、毎朝あなたの声を聞いています。外へ出られなくても、町が近くにある気がします〉

 差出人の名前を指でなぞり、私はしばらく動けなかった。

 翌朝、放送の最後に付け加えた。

「そして、バス停のベンチには、片方だけの軍手があります。今日も大事ではない景色が、誰かを待っています」

 あの人には届かないかもしれない。

 それでも声は、窓を持たない誰かの隣へ座れる。