竜の口を返し縫い
軍用天幕の補修係オルドが闘技場へ呼ばれたのは、英雄たちの見せ場を整えるためだった。
「竜退治が終わったら、破れた日除けを縫え」
竜騎士バルガスはそう言って、オルドの大針を観客席へ蹴り落とした。補修係が戦場に立つなど縁起が悪い、と笑い声が上がる。
オルドの技能は、兵士なら誰でも知る地味なものだ。
【固有スキル《返し縫い》:開いた縫い目を往復して閉じ、内側からの圧力に耐えさせる】
やがて鎖につながれた赤竜が引き出された。だが竜騎士の槍が鱗を弾いた瞬間、首輪が焼き切れる。
赤竜は逃げなかった。観客席を向き、胸を大きく膨らませた。
口の奥に白い炎が凝縮する。王族も貴族も出口へ殺到したが、鉄柵は儀式の最中だけ開かない。最前列には兵士の家族や孤児院の子どもまで招かれていた。バルガスは彼らを押しのけ、盾を捨てて真っ先に控室へ逃げ込んだ。
「あと三呼吸で竜息が来るぞ!」
魔術師が叫ぶ。防壁は一度しか耐えられない。二万人が焼ける未来を前に、オルドは拾った大針を握った。
赤竜の喉を見たとき、彼には鱗の隙間が縫い代に見えた。
皮膚は布ではない。誰もがそう思う。だが天幕だって、獣皮をなめして作る。ならば竜の喉も、途方もなく厚い一枚の革にすぎない。
オルドは柵を越えた。
炎が口元までせり上がる。彼は逃げず、竜の下顎から上顎へ魔力の糸を通した。さらに同じ穴へ逆向きに針を返す。
一往復。二往復。内側から膨らむ炎に引かれるほど、縫い目は強く締まった。
竜息は出口を失った。観客席を覆っていた防壁には、結局ひび一つ入らなかった。
轟音とともに赤竜の頬が膨れ、炎は鼻孔から細い煙となって抜ける。苦しげに暴れた竜は、やがて前脚を折った。傷つけられて怒っていただけだと気づいたオルドが首輪の残骸を外すと、巨竜は彼の前で静かに頭を垂れた。
控室から出てきたバルガスが手柄を名乗ろうとする。
その足元へ、竜が焼けた首輪を吐き捨てた。
【職業《野営縫工》が上位職《竜封裁士》へ書き換わりました】