竜炉の三つの命令
杏李が魔導工房へ連れてこられた朝、天井には黒い煤が花のように広がっていた。
竜の火を封じた炉が、今月だけで七回爆発したのだ。負傷者は十一人、納品待ちの剣は四百本。明朝までに炉を動かせなければ、工房は王家の契約を失う。工房長は古代竜語の説明板を叩いた。
「一字も誤訳していない。なのに手順どおり動かすと吹き飛ぶ」
板の訳文は一続きだった。
『青弁を閉じ火精石を入れ圧力が下がったなら赤輪を回す』
職人たちは、青弁を閉じた直後に火精石を入れる者、圧力が下がる前に赤輪を回す者、全部同時にする者に分かれていた。
「文章を上品にした結果、順番が消えています」
杏李は説明を始めず、煤けた壁に白墨で三行だけ書いた。
一、青弁を閉じる。
二、針が二以下になるまで待つ。
三、火精石を入れ、赤輪を右へ一回回す。
職人たちがざわめく。古参の翻訳官は「竜帝の文を箇条書きにするなど」と顔を赤くしたが、杏李は耳栓をはめ、炉の前に立った。工房長は砂時計を返し、失敗したら即刻追い出すと告げる。
青弁を閉じる。針が三、二・五、二へ落ちる。火精石を入れ、赤輪を一回。
炉は爆ぜなかった。
代わりに、透明な青い炎が窓の内側でまっすぐ立った。鉄塊を差し込むと、これまで十二分かかっていた赤熱が三分四十秒で終わる。しかも煤は一筋も出ない。赤熱した鉄を打つと、不純物の泡が消え、折れ試験でも刃は曲がらなかった。
工房長は工房長は手順を知らない見習いに二基目を任せた。見習いは壁の三行だけを見て動かし、三分三十八秒。三基目は三分四十一秒。熟練度が違っても結果が揃い、職人たちの口から同じため息が漏れた。
「読める」
若い職人が、壁の三行を見て呟いた。
古参翻訳官はまだ格式を唱えていたが、工房長は納品台帳へ『本日再開』と書き込み、止まっていた四百本の剣へ出荷札を付けた。それから煤まみれの説明板を外した。代わりに杏李の三行を銅板へ刻むよう命じる。
「二百基すべてに付けろ」
そして工房長は、杏李へ工房の鍵束を投げた。
「翻訳主任として採用する。次は、爆発する前に読める言葉にしてくれ」