笑っていない写真
日曜の午後四時、早苗は窓際に椅子を置き、スマートフォンのタイマーを十秒に設定した。
マッチングアプリのプロフィール写真を撮り直すためだった。今の写真は二年前、友人の結婚式で撮ってもらったものだ。髪の長さも違うし、薄い水色のワンピースも自分の服ではない。友人から借りたものだった。
十、九、八。
椅子へ座り、顎を少し引く。口角を上げる。仕事でオンライン会議に入るときと同じ顔になった。
撮れた写真には、笑っているはずなのに疲れた目の女がいた。削除する。
次はマグカップを持った。休日らしく見えると思ったが、中身は朝から置きっぱなしの水だった。三枚目は髪が頬にかかり、四枚目は背後の洗濯物が写った。五枚目を撮ろうとしたところで、洗濯機が終了音を鳴らした。
早苗は立ち上がり、タイマーを止めるのを忘れた。脱衣所へ向かう途中、床に立てかけたスマートフォンが傾いたので、慌てて戻る。その瞬間にシャッターが切れた。
画面の中の早苗は中腰で、片手を伸ばし、笑っていなかった。前髪は乱れ、部屋着の袖も少しまくれている。ただ、転びそうな端末を本気で心配している顔は、作った笑顔よりずっと自分に近かった。
プロフィール写真の解説記事には、明るい場所、自然な笑顔、清潔感、と書いてあった。背景に生活感を出さないこと。正面から目線を向けること。選ばれる写真には、守るべき項目が多い。
洗濯槽の中では、白いシャツと灰色のタオルが絡まっていた。早苗は写真の選択画面と洗濯物を交互に見て、まずタオルを取り出した。全部干し終えるころには、窓から入る光が薄くなっていた。
結局、プロフィールには最後の一枚を追加した。笑ってはいないし、完璧でもない。けれど二年前の借りた服より、今日の部屋で暮らす自分に近い。
写真を公開したあと、すぐに反応が増えることはなかった。早苗はスマートフォンを置き、少ししわの残ったシャツをハンガーへ掛けた。今日は、好かれそうな顔をこれ以上つくらなくていい。