終身契約の面談

 鷹取史帆に会議室へ呼ばれたとき、折原文明は転職の誘いだと確信した。

 史帆は同期だが、三か月前に急成長中の会社へ移っている。わざわざ夜七時、社外秘の話が漏れない個室を指定し、「あなたの将来に関わる大事な相談がある」と連絡してきた。これはもう、引き抜き以外にない。

「折原くん、単刀直入に言うね。うちに来ない?」

「やっぱり」

 文明は姿勢を正し、用意してきた質問表を開いた。

「職種は? 裁量権は? 想定年収は?」

「職種は、まだ決めてない。家事は分担。裁量権は平等。収入は二人で相談」

「ずいぶん小規模な組織だね」

「構成員は当面二名を想定しています」

「創業メンバーか」

 史帆は深呼吸した。

「勤務地は私の家。週七日勤務になるけど、在宅可。朝食つき。福利厚生として、病気のときは看病します」

「魅力的だけど、休日は?」

「一緒に出かけたい」

「社員旅行が多い会社だな」

「あと、できれば契約期間は一生」

「終身雇用を復活させるのか」

 文明は感心してメモを取った。史帆の眉間にしわが寄る。

「ねえ、何の話だと思ってる?」

「採用面談」

「どうして?」

「『うちに来ない』って」

「会社じゃなくて、私の家!」

 史帆は鞄から青い封筒を出し、机に置いた。文明は雇用条件通知書だと思って開いた。

 中には、婚姻届が入っていた。

「……人事部の様式じゃない」

「役所の様式です!」

 そこでようやく、文明の頭の中にあった組織図が、家庭図へ描き変わった。

「つまり、これは告白?」

「最初からそう! 私は半年かけて勇気を出したの。あなたは年収と試用期間の話しかしないし!」

「試用期間は?」

「ない。採用したら簡単には解雇しない」

「採用なんだ」

「もう言葉が引っ張られてるの!」

 文明はしばらく婚姻届を見つめたあと、質問表の最後に大きく丸をつけた。

「応募します」

「だから就職じゃないって」

「志望動機は、鷹取史帆が好きだから」

「……そこだけは満点」

 翌週、二人は役所へ書類を提出した。窓口で「お二人のご関係は」と尋ねられ、文明が「共同経営者です」と答えたため、史帆はその場で内定取り消しを検討した。