終電前の二十二秒

鋤柄奈々瀬巡査部長の携帯には、寺尾若菜からの留守電が二十二秒だけ残っていた。

若菜は駅前の立ち飲み屋で客の財布と秘密を同じ速さで数える情報屋だった。三日前、奈々瀬へ「県警の捜査予定が外へ漏れている」と告げたあと姿を消した。上司は借金逃れだと言い、留守電を私信として削除するよう命じた。

報告書提出前の小会議室で、奈々瀬は捜査一課長と向かい合った。

――今夜十一時四十分、星川倉庫に帳簿を持っていく。

若菜の声の後ろで、軽い電子音が四つ鳴った。終電案内の旋律だった。星川倉庫に最も近い駅のものではない。奈々瀬が幼い頃から聞いていた、弥生台駅の発車音だった。

――でも私は星川には行かない。誰が先に来るか、見ていて。

録音はそこで切れる。

課長は腕を組んだ。

「情報屋の芝居だ。実際、星川倉庫には誰もいなかった」

「誰も、ではありません。特別捜査班の覆面車が通報前から二台待機していました」

奈々瀬は道路監視記録を机に置いた。班は正式な出動命令なしに倉庫へ向かい、二十三時三十二分から零時十分まで滞在している。若菜が偽の受け渡し場所を伝えた相手は奈々瀬だけ。奈々瀬はその情報を、課長宛ての秘匿報告にしか書いていなかった。

「お前が漏らした可能性もある」と課長は言った。「その留守電を提出すれば、まず疑われるのはお前だ」

「分かっています」

「若菜は犯罪者から金を取っていた。保護する価値がある女か」

奈々瀬は、弥生台駅の防犯映像を開いた。終電前、若菜はホームの端で電話をしている。背後に立つ男のコートから、警察用無線のイヤホン線が覗いていた。顔は柱に隠れている。若菜は通話を終える直前、カメラへ向けて二本の指を立てた。覆面車二台、という合図だった。

課長が端末へ手を伸ばした。

奈々瀬は先に留守電を証拠サーバーへ複製し、道路記録と防犯映像を添付した。送信先には課長を入れず、監察と検察官の二つを選んだ。

終電の旋律がもう一度鳴る中、彼女は報告書の電子署名を確定した。