翡翠のない虎符

黎江の浮橋には、灯籠が二つしかなかった。

片方に顧天衡、もう片方に敵将・晁昂が立つ。橋の中央には、こちらが捕らえた晁昂の弟と、向こうが捕らえた守備都尉・陸少安が膝をついていた。

交換の証は青銅の虎符だった。左右に割れた虎を合わせ、腹の銘が一筋につながれば、互いに人質の鎖を外す。

晁昂が半片を卓へ置いた。虎の右目には小さな翡翠が嵌まっている。

天衡は自分の左半を出さなかった。

「合わせぬのか」

「その虎は偽物だ」

晁昂の護衛が剣柄へ手を置く。陸少安は顔を上げなかった。川霧の中で、鎖だけが鳴った。

晁昂は笑った。

「御庫の鋳型から作られたものだ。銘も傷も同じだぞ」

「だから偽物だ」

天衡は灯籠の油皿を外し、細い縁の上へ虎符を立てた。翡翠の入った頭がゆっくり沈み、虎は鼻から卓へ倒れた。

本物の右目には、翡翠がない。

十年前、先王が狩りで落とし、見つからぬまま使われてきた。欠けた分だけ尾へ鉛を足し、腹の中央で釣り合うようにした。鋳型を盗んでも、重さまでは盗めない。

「陸都尉から聞いたか」と晁昂が問う。

「都尉は捕らわれる前、虎符を見たことがない」

天衡は答えた。知っていたのは、御庫で十年、符節を磨いた下役だけだ。戦になれば誰も名を呼ばぬ男だった。

晁昂は弟の肩へ視線を落とした。弟の首には刃が添えられている。ここで偽造を認めれば面目を失う。認めなければ弟を失う。

川上で水車が一度、軋んだ。伏せていた弩兵が合図を待っている。天衡は晁昂の右手が卓の下へ消えるのを見た。

「弩を放てば、最初に死ぬのは双方の人質だ」

「戦では順番に意味はない」

「弟君の前でも同じことを言えるなら、今ここで言え」

晁昂の弟が初めて顔を上げた。若い目だった。晁昂はその目を見ず、偽の虎符を握った。

しばらくして、対岸から一騎が走ってきた。使者は鞍から下り、本物の右半を差し出す。虎の眼窩は暗く、尾の内側に鉛の継ぎ目があった。

天衡は左右を合わせた。腹の銘が一筋になり、虎は油皿の縁で水平に眠った。

二人の人質の鎖が外される。

陸少安がこちらへ三歩進んだ時、天衡は灯籠を持ち上げた。

「浮橋の鎖を落とせ」

水門兵の命令とともに、黎江の橋が岸へ開いた。