聖剣に足りない敵

「欠けたものしか見えない鑑定士を、宝物庫には置けん」

財務卿ボルドはティルサの鑑定札に『無能』の赤印を押した。

【欠落鑑定:対象が機能するために不足しているものを、一つだけ表示する】

宝石の品質も呪いも分からない。完全な品を鑑定すれば『不足なし』で終わる。ティルサはその場で王宮を追放された。

ちょうど大広間では、新王の即位式が始まっていた。

若き王子レイダムが台座の聖剣を抜こうとする。だが剣は石に縫いつけられたように動かない。二度、三度と力を込めるほど、刃は深く沈むように見えた。貴族たちがざわめき、王子を支持していた騎士まで視線を伏せる。宰相ゾルヴァが待ちかねたように声を張った。

「聖剣が拒んだ! 王子に王の資格はない!」

王子の母である皇太后セラヴィアさえ、青ざめて立ち尽くす。聖剣は建国以来、国に真の危機があるときだけ王の手へ抜けるという。

出口へ向かっていたティルサは、剣の前で足を止めた。

「最後に一度だけ、鑑定させてください」

ボルドが笑う。

「何が欠けている。王家の血か、勇気か」

ティルサが柄に触れると、短い文字が浮かんだ。

――不足:敵。

笑いが大広間を満たした。

「やはり無能だ。敵国の軍は国境にいる」

「いいえ。この剣は『国の敵を討つための剣』です。抜けないのは、敵を向いていないからです」

ティルサは王子に、台座ごと剣を回すよう頼んだ。北の敵国へ向けても抜けない。魔王領へ向けても動かない。貴族席へ向けるたび、王子は一歩ずつ進んだ。

宰相ゾルヴァの正面で、聖剣がかすかに鳴った。

「止めろ!」

宰相が叫んだ瞬間、刃はひとりでに鞘走った。銀光がゾルヴァの胸飾りを裂き、中から黒い魔核が転がる。人の皮が崩れ、即位を妨げて王国を乗っ取ろうとしていた魔族の角が現れた。

王子が聖剣を構える。今度は羽根ほど軽く抜けた。

衛兵が魔族を囲む中、財務卿ボルドは赤印の札を隠そうとした。皇太后はそれを拾い上げ、玉座の肘掛けで真二つに折った。

「ティルサ。そなたは欠けたものしか見えぬのではない」

セラヴィアは彼女を玉座の隣へ招いた。

「国に何が欠ければ滅びるかを、誰より先に見つけるのだ」