腕時計を外す午後

羽住緋和は、父の腕時計を査定台へ置いた。

金色の針は二時十七分で止まっている。父が倒れた時刻だと兄は言ったが、電池が切れた日を知る人はいない。葬儀の翌朝、兄は「長女が持つべきだ」と緋和の手首へ巻いた。

時計は重かった。父は遅刻を嫌い、食卓でも秒針を見ていた。進学先を迷った緋和に「考える時間が長すぎる」と願書を差し出したのも、その時計をつけた手だった。

葬儀のあとの一週間、緋和は時計が動いていないのに、何度も時刻を確認した。遅れている気がしたのだ。出勤にも食事にも眠る時間にも、父の針が追いついてくる。電池を替えようとして、店の前まで行き、引き返したこともある。

査定員は「修理すれば動きます」と説明した。緋和は、動かしたいかどうかを初めて尋ねられた気がした。

「電池を入れず、このまま買い取ることもできます」と続けられ、緋和はそちらを選んだ。止まった時刻を保存するためでも、動く父を取り戻すためでもなく、時計として次の持ち主へ渡すためだった。

査定員が裏蓋を確かめているあいだ、兄から電話が来た。

「本当に売るのか。親父が知ったら怒るぞ」

「もう怒られるために持っているのをやめる」

「俺は仕事で使えないし、お前なら似合うと思ったんだ」

緋和は、自分の手首に残った薄い跡を見た。兄が時計を渡したのは思いやりでもあり、置き場所を決めたかったからでもある。どちらか一つに決めなくてもよかった。

「欲しくないなら、二人とも持たなくていいよ」

査定員が金額を書いた紙を差し出した。緋和は兄に伝え、半分ずつにすることを提案した。

「金に換えるのか」と兄は言った。

「時間には戻せないから」

長い沈黙のあと、兄は「俺の分は要らない」と答えた。代わりに、父が通っていた病院へ寄付してほしいと言った。

緋和は同意した。ただし、父のためにではなく、二人が選んだ使い道として。

売却の書類に署名すると、査定員が時計を柔らかな布へ包んだ。金色の針は動かないまま、緋和の前から運ばれていった。

店を出ると、駅の時計は三時を少し過ぎていた。緋和は確かめたあと、急がずに歩き始めた。