臨時放送受信時のお願い
【市民安全課からのお知らせ】
本日二十一時より、防災無線の臨時試験を行います。
放送中は、以下の手順を厳守してください。
一、最初のサイレンが鳴ったら、家中の照明を消すこと。
二、屋外スピーカーを見ないこと。
三、放送で家族の氏名が呼ばれても、返事をしないこと。
四、「放送など聞こえない」と訴える者がいた場合、その者の右手首に白い布を巻き、玄関近くで待機させること。
この通知がポストに入っていた朝、夫は笑った。
「悪趣味な訓練だな」
私は市役所へ問い合わせたが、電話は混み合っていた。近所の家々にも同じ紙が届いていたらしく、夕方には物干し竿から白いタオルが消えていた。
二十一時ちょうど、低いサイレンが町を震わせた。
電気を消すと、窓の外で一斉にカーテンの閉まる音がした。
『試験放送を開始します』
女とも男ともつかない声が、濡れた金属のように響いた。
住所が読み上げられ、次に住人の名前が呼ばれた。遠くで、誰かが「はい」と答えた。直後、犬が一度だけ鳴き、静かになった。
やがて我が家の住所が告げられた。
『高橋真紀さん』
私は口を押さえた。
『高橋俊介さん』
夫は首をかしげた。
「何も聞こえないぞ」
通知の四番が頭に浮かんだ。
私は震える手で、白いタオルを夫の右手首に巻いた。夫は冗談だと思い、素直に玄関へ座った。
放送が続いた。
『白い布を確認しました。受信不良個体を回収します』
玄関の外で、何十人もの裸足が止まった。
夫の笑顔が消えた。ドアノブが、外からではなく、夫の手の中で回り始めた。
私は慌てて通知の裏を見た。小さな文字で追記があった。
【訂正】
四の「家族」は誤りです。
放送を聞けない者は、最初から家族ではありません。
回収を妨げないでください。
「真紀、開けないでくれ」
夫が泣きながら言った。
その声と同時に、玄関脇の受話器から同じ声が流れた。
『真紀、開けないでくれ』
どちらが夫なのか分からず、私は動けなかった。
午前零時、二度目のサイレンが鳴った。
防災無線は明るい調子で告げた。
『試験は終了しました。未回収の一世帯について、ただいま屋内放送へ切り替えます』
夫が口を開いた。
町中のスピーカーと同じ声が、彼の喉から鳴り始めた。